2008年05月31日

雷の夜

Glasgowでも、日本でも雷を見る機会が以前より増えたと思ったけど、トロントでも雷を見る機会が多い。。。

May31-during-thunder-4.jpg


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2008年05月30日

原田泰治デザインの切手

郵便切手は国を代表する文化のシンボルであり、芸術が詰まった作品。
切手コレクターではないけれど、海外でも日本でも切手を買いに行き、思いがけない素敵な切手に出会った時には、その日1日楽しくなる。音楽と似て、昔発売の切手が、時に、新鮮に見えることも。

受け取った旅のハガキについた切手の美しさや、予想外で素晴らしいデザインはずっと心に残る。



原田泰治デザインの切手シートが、このブログを毎回読んでくださる、本藤さんから贈られ、感動! その日1日は特にうきうき。2006年9月の過去記事で、原田泰治さんについて書いたことを覚えてくださったことにも大感謝。
どうもありがとうございます!


* 過去記事で触れた後、英語で一度も原田泰治さんについて書いたことがないことを反省し、英語の記事を少し書きました。English



追記 (2006年6月1日付)

本藤さん、本当にありがとうございます。
原田泰治による作品は、茶畑の香り、炊きたてのご飯の香り、海辺の塩っぽい匂い、自転車のチリンチリンという音、夕暮れ時のカラスの鳴き声など、5感に響きます。自分の育った環境と異なっていても、例えば、瓦の屋根で過ごした経験はないのですが、そんな風景も含めて、まるで、自分の故郷のように感じさせる作品ばかり。
ほのぼのと安らぐ作品です。
本藤さんの描く絵も、優しさが伝わる作品です。


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2008年05月26日

自転車用レーン要求!

日曜デモ。「ペダル パワー パレード(Bells on Bloor Pedal-Powered Parade)」を図書館に行く途中に見る。(直訳:ペダルを動力源としたパレード。3P)
環境問題を訴える意図と、混雑の激しいBLOOR STREET に自転車用のレーンの要求を兼ねた、何百人もの参加者のパレード。そのパレードがあると知らずにうっかり来てしまった自動車は、横断できずに、諦め半分で、立ち往生。

pedal-powered-parade2.jpg


ピクニックに出かける長い行列のような風景。信号も関係ない。親子連れも多い。自転車天国的な感じ。写真で見ると圧倒感に欠けるが、実際は、次から次へと来る自転車の波のよう。トランペットでジャズを弾きつつペダルを踏む参加者もいる、陽気なデモ。

pedal-powered-parade.jpg


もともと、車道自体が広くなく、路駐で道幅がさらに狭まっている。通勤時間は一定の区域が異常に混む。路駐と通行中の車の間に自転車が挟まれる状態。歩道は狭くて自転車は走られない。というのも、歩行者だけではなく、大きな犬も歩いているから。(カナダ人は犬好き。)ドライバーの技術も高そうには見えない。。どっちにしても危険。
自転車事故増加への抗議も兼ねてのデモ。

トロント中心街は、五番の目的な区画。私なら、ムリにこの通りを走らず、平行に走っている一本はずれた住宅街の道路を突っ走るんだけど。。いっそのこと、この道路をサイクリングロードにしてしまうなら、アイデアとして面白い。


追記:8月29日付

8月には頻繁にショート・パレードが行われている。
August29-BikeParade-1.jpg

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2008年05月24日

アーティスト と 解剖学

ギリシア彫刻の筋肉のリアルさ。
宗教画、特に、キリストの磔刑の場面の十字架下のアダムの頭蓋骨。
ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ポントルモなどが、死体から解剖学を勉強し、それが作品(絵画や彫刻)に活きていること。--> ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ロッソ・フィオレンティーノによる解剖書の計画は実行されなかったが、次世代に大きな影響力をもたらす。
17世紀のオランダ画家や、19世紀、セザンヌ他、画家達による頭蓋骨のある絵。
Vanitas/Memento mori (Remember that you are mortal./ Remember you will die.):空虚さ、むなしさ、死を免れないことなどのシンボリズムを超えて、芸術家が人間の骨格や筋肉に関心があったことは作品を見れば見るほど感じる。

どう、具体的に、関心があったのか?

その前に解剖学史を少し覗いてみる。
例えば、ミケランジェロ、ポントルモが生きていた時代、解剖学史では何が顕著だったか。

Andreas Vesalius.jpgアンドレアス・ヴェサリウス(1514ー1564)が作成した、医学的な書、7巻に渡る「人体の構造」からの絵は、解剖学が苦手な人も思わず見入るシーンばかり。

ヴェサリウスのイタリア、パドゥアでの講義を元に作成された本。

トロント大学の古文図書館にはヴェサリウスの本があり、実際の本との対面はやはり感動的である。時々、古い本は丁寧に扱ってもボロボロと紙くずが出るのでハラハラする。
日本の美術館での展覧会は厚いガラスで囲われ、なかなか近寄ってみることは難しい。残念なことに、光の反射で見づらいこともある。お薦めは、このUnited States National Library of Medicine、National Institutes of Healthが提供しているサイト。(各、左画像、あるいはこのブログ記事上に貼ってあるリンク先をクリック)
インターネット時代前であれば、なかなか見る機会も限られていたが、現在、部分的でも見れる機会を是非活用♪


興味深いのは、ダ・ヴィンチが正確性を求めて人体構造を描いた後、ミケランジェロやポントルモなどの芸術家達が、極端なポーズを好んで描いた(マンネリズム:過去記事参照)の時代に、より解剖学の正確さを求めたヴェサリウスの本が出版されていること。

DreamAnatomy-1.jpgこのサイトを訪れると、画家のアーティステックな創造力に感嘆する。
ひと皮むけた人間のポーズ、
頭蓋骨のポーズにも驚かされる。
骨だけなのに、「しなやか」なのである。
特にこの骸骨は、愛嬌もある。
感情を持つ骸骨。是非クリック。
20世紀初頭のコミカルな消化の様子も是非。


DreamAnatomy-2.jpg左記は、よりリアルになった観察からの絵図。
だんだん、リアル過ぎて、人間の構造の凄さに驚きつつも、細かい描写に怖くもある。

現代ほど医学が進んでいない頃、死体解剖時の匂いに観察者はどう耐えたのだろうか?と。



HumanSkelton.jpg

この写真は、人類学部へおじゃました時に撮影した画像。
骨盤と脚の接続部分の骨の「まるい」箇所をまじまじと眺めてきた。
これだけ、滑らかに「まるい」のであれば、いろいろな動きが可能なはず。
(ヨガやバレエの経験上、人間の稼働力の可能性に強い関心。)

追記/続き
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2008年05月23日

ラウシェンバーグ死去。 追悼の意を表して。

Robert Rauschenberg (October 22, 1925 ー May 12, 2008)
今月12日に、アメリカ人アーティスト、ラウシェンバーグ死去。
追悼の想いをこめて。

ArtCar-BMW-271s.jpg
ART CAR/BMW 1986. Decals affixed to an automobile. (A) P.271


ラウシェンバーグは、ピカソ、マルセル・デュシャンに続き、アートの傾向やムーヴメントに捕われない精力的な作家活動を行い、アートの幅を開拓した美術史上欠かせない人物。

現在私たちが見慣れているアートの範囲が、ラウシェンバーグによって拡大されている。
ラウシェンバーグは、ポップアート(Popular Culture/大衆文化)の先駆者でもある。
特別な物としてのアートが、大衆文化と融合。

Rauschenberg-son-79s.jpg
画家(2D)であり、スカルプター(3D)であり、その両方の斬新な組み合わせを試みる。
版画家(兼デザイナー)、フォトグラファーでもあり、パフォーマンス アーティストであった、ラウシェンバーグ。

Christopher Rauschenberg at 18 months, photographed by Robert Rauschenberg, in 1953
This photograph appears as a collage element in Canyon(1959) (A) P.79



canyon-96.jpgCANYON, 1959
Combine painting: oil, graphite, and collage
on canvas with objects,
220.3 x 177.8 x 61 cm
The Sound Collection.
The eagle incorporated here once belonged to
one of Teddy Roosevelt's "Rough Riders." 
(A) P.96


上記のラウシェンバーグが撮影した息子の写真が、この大きな作品、CANYON(渓谷)の左中央に貼ってある。


なぜ、ラウシェンバーグが美術史上重要人物なのか?
ーー>
アートの作成技法として、ピカソやBraque(ブラック)が始めたコラージュ(紙、2Dの寄せ集め+糊付)が、平面(2D)と立体(3D)の寄せ集め(アッサンブラージュ)として発展。ラウシェンバーグは、その代表的な先駆者の一人。(例:CANYON
(この「寄せ集め」のコンセプトは面白いので、今度ゆっくり解説予定。)

さらに、平面とオブジェクトの寄せ集めを発展させた、パフォーマンス アートでもラウシェンバーグは重要な貢献者。
一度以上公演されたり、展示されたイベントを集めたものを、ハプニングと美術用語では表現するのだが、その多くが傍観者をも取り込み、その全体を作品と見なす。演劇は見る側と演ずる側の境界線があるが、ハプニングにはその境界線はない。
ラウシェンバーグは、現在のインスタレーションに対する考え方の先駆者の一人。

Soundings, 1968
Mirrored Plexiglas and silkscreened ink on Plexiglas, with concealed electric lights and electric components,
2.44×10.97×1.37 m
Museum Ludwig, Cologne (C) P. 30


Sounding-30s.jpg

この大きな作品に映し出された木製の椅子のイメージは、その部屋の音の大きさによって変化。タイトルがまさに作品を物語る。
傍観者がこの作品には重要。


ー歴史的な行事へのラウシェンバーグの反応ー
Trust Zone, 1969
Collection Title: from the 'Stoned moon' series
Print, planographic
Technique: colour lithograph printed from two photo-sensitive stones and one aluminium plate
104.1 h x 83.8 w cm (B) P.108

TrustZone-1969-108s.jpg

図表のような作品中央に位置するのは、宇宙飛行士。1969年、月着陸成功から感じたことを表現。ラウシェンバーグは、NASAからアポロ11号の打ち上げ観覧に招待される。その時のメモもこの作品に使用されている。宇宙飛行士の写真という選択肢がありながら、敢えて、NASA が宇宙プログラムの説明のために一般向けに作成した絵(手渡された冊子の絵)からの絵を使用。

Wright-1stFlight.jpg作品下に見える古い写真と人の姿は、1903年12月、アメリカにてライト兄弟による人類で初の飛行機による有人動力飛行に成功の様子。
ライト兄弟の砂漠での初飛行と、月の表面の類似性も表現。
アマチュアの発明家とパイロットであったライト兄弟によって創られた初期の飛行機と、1969年の月着陸成功の両方が組み合わされているTrust Zone

ラウシェンバーグのこの作品におけるメッセージは、様々な人類の発明への祝いと歓迎、空間、宇宙探検の冒険に全ての国民が参加できるという期待が込められいてる。(B) P.113&114

1908年にさらにライト兄弟はヨーロッパで記録更新を達成。
当時、ピカソとブラックは、絵画界の「ライト兄弟」。1969年に、ラウシェンバーグは、開拓者であるライト兄弟、飛行の技術革新と、アートの可能性の幅の開拓、空間への進出と発展を準えたかもしれない。

Rauschenberg-son-76s.jpg
Rauschenberg photographed by Susan Weil with their son, Christopher, in 1952 (A) P.76


結婚し、子供もいるが、ホモセクシュアル嗜好であることをオープンに。
離婚後は、同じく、20世紀のアートの可能性の開拓者、Jasper Johnsと長く交際を持つ。二人の共同制作は、例えば、ティファニーのウィンドー ディスプレイなど。

ヨーロッパの美術、白人男性による作品が支配的で、他が排他されていた傾向から、第1、2次世界大戦後、アメリカにアートの中心はシフトする。ホモセクシャル、女性アーティスト、先住民族に、つまり、性別、民族、国を超えた人々よるアートが台頭する。

ラウシェンバーグの経験(戦争体験も含む)が反映した作品や、それまでのアートの形への挑戦は、ブログの1回の記事では書ききれないほど多岐に渡る。
20世紀を生き、21世紀を見、82歳で亡くなったラウシェンバーグ。
亡くなっても、どこかで作品を創り続けていそうなアーティスト。



参考文献
(A) Kotz, Mary Lynn. Rauschenberg, art and life, New ed. New York : Harry N. Abrams, 2004.

(B) Mattison, Robert Saltonstall. Robert Rauschenberg: breaking boundaries. New Haven: Yale University Press, 2003

(C) Steinberg, Leo. Encounters with Rauschenberg : (a lavishly illustrated lecture). Chicago : University of Chicago Press, 2000.



※※ 授業で初めてラウシェンバーグの作品を見たときは、「これがアート?!」と感じる作品も正直多かった。特に、De Kooningのドローウィングを消した作品には疑問を感じた。
が、作品のコンセプトを読むと親近感や興味を感じる。マルセル・デュシャンに続き、ラウシェンバーグは、コンセプチュアル アートの先駆者の一人でもある。

ラウシェンバーグの言葉。
“Without curiosity, you cannot have individuality.” (A) P.19

今回このブログでは、ラウシェンバーグの頻繁に取り上げられる作品と、数ある彼の作品の中でも、それ程知られていない作品両方について記載しました。


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2008年05月20日

パラディオ 生誕500周年

「オリーブの木」がローマ建築とするなら、「オリーブ オイル」がパラディオ スタイル。
日本料理に醤油が欠かせないように、パラディオ スタイルはオリーブ オイルのように西洋建築の外装、内装に染み入っている。


つまり。。。


文化の産物としての建築物、建築についての法則と知識などの集大成、「建築文化」築いたイタリア人 Andrea Palladio (1508-1580) の影響は、イタリアの国境を越え、英国、北アメリカ、カナダに見ることができる。

Vitruviusと Alberti の理論をさらに発展させ、 Palladio が建築についてまとめた4冊の集大成
I quattro libri dell’architettura が、教科書として、カタログとして何世紀にも渡り、パトロンと建築家に“とてつもない”影響を及ぼす。アメリカでは、例えば、ワシントンのホワイト ハウス。カナダにも多くパラディオ スタイルの家が多く残る。先日の法学部にある「暖炉」もパラディオ スタイルが潜んでいる。今後、トロントで撮影予定の建築物、「パラディオ」がキーワード。

クラシック建築のデザインを基に、独創性を活かし、市内の大邸宅、ヴィラ、公共建造物、教会と幅広く関わり、プロポーションを最優先事項としながら、社会的、政治的、地理的、倫理的な建築と建築論を築く。Palladio は、西洋建築史上、最も重要人物の一人。

Palladio 自身の作品、例えば、 ヴィチェンツァの ラ・ロトンダや ヴェネツィアのサン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂(左)には、ローマのパンセオン(右:過去記事参照)の面影が見られる。
SanGiorgioMaggiore-Pantheon.jpg

★ それにしても、コンクリート技術なし(中世を経て“失われた”技術)で、壮大な建築物を創ったなんて凄い。


英国のEnglish Heritage の1年会員となり、多くの館を訪れたが、その時、Palladioの知識がなかったため見過ごした(見ているのに気付かなかった)ことをトロント大学の授業で学ぶ。遅まきながら知ってよかった。

例えば、 Chiswick House や、Marble Hill House
広大な庭園のあるChiswick House は、ロンドン中心街から離れた場所にある、 Burlington卿の館。

ChiswickHouse-s.jpg

Burlington卿が、パラディオの建築書を勉強し、自分流に建てたパーティー用のための館。中には二つの肖像画が掛けられている。Palladio と、英国で最も有名な建築家の一人、Inigo Jones (パラディオの建築書から独学した建築家)。

★ ギリシア、ローマ時代の建築に関心を持てば持つほど、ルネサンス以降の発展は面白い。美術史上のカテゴリでは、Palladio はマンネリズム

過去に、豪華な館もお城も立て続けに見ると、豪華過ぎて、違うんだけど段々同じに見えたことがある。今では、基本として使用されたオリジナルのデザイン。それから、インスピレーションを得て発展したデザイン。同じデザインでも、目的や機能、材質の変化。平面図。これらに着眼すると、建造物の隅々(窓枠、柱の装飾の細部)にまで、柔軟なアイデアに溢れていることや、建築家の遊び、などが見えてくるので楽しい。住む人の歴史、目的と、環境との調和などが考慮されているパラディオの作品に今後も注目予定。


今年は、Andrea Palladio の生誕500年祭が主要都市で催される。



(追記)
Chiswick House ではスフィンクスがお出迎え。私が今まで見たミニチュア スフィンクスの中で一番記憶に残っている像。
ヨガの「こぶらのポーズ」みたい。

ChiswickHouseSphinx-1.jpg


日本の建築史にもPalladio のような人いるのかな?
いたら是非、連絡願います。




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2008年05月18日

お洒落なレンガの馬小屋

Torontoにある Casa Loma (House on the Hill)。
丘の上に立つ、20世紀初めに建てられた館。
トロントの旧市庁舎などを手がけた建築家E. J. Lennoxによるデザイン。
CasaLoma-1.jpg

現在では ツーリスト アトラクション。
外観は、テーマパークにあるお城のよう。内装は、ホテルの一流のスィート ルーム的な感じ。
CasaLoma-2.jpg


楽しいのは、レンガでできた馬小屋。↑家から地下道でつながっている。
元々個人のゴルフ場だった場所を1905年にヘンリー卿が購入し、E. J. Lennoxがデザイン。現在はトロント市の管轄。
CasaLoma-stable-1.jpg


パラディオ スタイルの建築5月20日記事参照)の面影があり、見ていると私までデザインしたくなる馬小屋。E. J. Lennoxは、デザインを楽しんだであろう。
私もレンガの建物をパラディオ風にデザインしてみたい。
CasaLoma-stable-2.jpg

現在、修復中。
馬と馬の仕切りが、木材でも高価なマホガニーが使用されている。
CasaLoma-stable-3.jpg

建物、裏側の様子。。
CasaLoma-stable-4.jpg


ヘンリー卿は破産のため10年間も住むことができなかった家と馬小屋。さぞ、悲しかったであろう。。

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2008年05月17日

信号と看板

英国の住宅街でも時々見かけた看板が、トロントにもある。
watch-sign.jpg


日本のように安全ではないから、この看板は元々、安全のため、近所の間で協力しましょう、という意図と、「見てるわよ。」っていう意図があるのだろう。
ちょっと、怖い「目」である。

TrafficLight-Toronto.jpg


トロントの信号は英国より小さく、日本より大きい。サインの片肩があがっているのが特徴?!
看板、信号、電柱の違いに、つい目がいく。

車の運転。カナダは赤信号でも歩行者が来ていなければ右折ができる。(右側通行)

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2008年05月14日

カメラは、感情を媒体する?!

1年半前、北京に滞在中、「完美」という言葉があちらこちらにあり、「完」パーフェクトの基準はどのへんなんだろう、とつい考えてしまったことを時々思い出す。「完美」ではないのに「完美」という言葉に囲まれるのも奇妙だが、本当に「完美」なるものが沢山あったら怖いだろう。

醜さも、美しさも、いろいろあって、混沌としているんだけどだんだん愛着が沸く、というのが今の私とトロントの関係に似ている。雪が溶けたら、タバコの吸い殻が山ほど道路に溢れる。それもトロント。ロンドンのように清掃車が道路をきれいにするんだから、と何でも道路に捨てる人々の感覚にも驚いたが、トロントには清掃車はない。ロンドンよりスモーカーが多い。アジア人のスモーカーも多い。

ロンドンでは美術学校だったから作品を創ったが、トロントでは美術史のため授業で作品を創る機会はない。なら、何か記念に創ろうとアイデアがいくつか浮かんでいる。

作品を創るのに、きれいな部分と汚い部分両方カメラに収めよう計画するのだが、どうも、カメラが嫌がる気がして撮影保存ができない自分の感覚に戸惑っている。始めの大家の台所が汚く立ち退き、払いすぎた分の返却の交渉のため、やむなく、汚い箇所を撮影したのだが、カメラで撮影することは、まるで、私が、その汚い物を触ってギョッとする感覚を納める感覚になる。カメラが犯されている感覚。

戦争や残虐な写真を撮影できるカメラマンをあらためて凄いなぁ。。と。目で見ているより、カメラに納める行為は、自分に焼き付ける感覚になるから。他人が撮影した作品を見る時は反対に、実物を見るより、光景の威力が弱まる気がする。
社会の裏も表も撮ってみたい衝動にかられる反面、ネガティブな光景は、カメラを通して、私の心に染み渡る。

この感覚はなんなんだろう。。


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2008年05月12日

春のトロント

4月22日に突然、声を合わせたかのように芽吹いた木々。
夏のように暑くなり、本当の夏はどうなるだろう、と驚いた後、冷え冷えとした日が数日続く。

そして、
5月10日には、より多くの木々が青青と。

May10-2008-buds.jpg


遠くに、オンタリオ湖。



細い枝から花が咲いているのではなく、幹に近い枝から直接咲いている花。
不思議。。
pinkflower.jpg

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2008年05月11日

ガラガラと崩れる音を感じる部屋

イタリア、マントヴァにある Palazzo del Te の巨人の間。
巨人達のオリンピア山の攻撃に対抗し、ジュピター(ギリシアではゼウス)による雷による破壊のシーン。

Romano-Giants-1ss.jpg


作成したのは、ラファエロの弟子だった、ジュリオ・ロマーノ。
建物全部をデザインし、建設。

かのラファエロ、画家であり建築家でもあったラファエロの重要な作品(規則に沿ったかのように、ぴしっと整頓された感、女性らしさのある建築デザイン、絵画)に携わっていたにもかかわらず、ジュリオ・ロマーノの作品は、意図的な「遊び」が入った、伸び伸びとした作品。

内装(壁、床、ドア)だけではなく、建物もゴツゴツ感と、スムーズ感を使い分け、クラシック様式の要素を使いながら、あえて廃墟の雰囲気を創りだしたり、男っぽい印象にしたり。。と、隅々にまでアイデアが盛り込まれている。

Palazzo del Teは、フェデリーコ2世・ゴンザーガ のハネムーン用のヴィラとして建てられ、神聖ローマ帝国カール5世も訪れた場所。(私がカール5世の隠遁先、ユステ修道院を訪れたことがあることは以前記述した。。かな。)

ハネムーン用にデザインしたにしては随分、刺激的で 遊びのある内装。。
この「巨人の間」はハンドボール コートの外側にあったため、その音がいい具合に響き、このダイナミックな壁画をより劇的にしたなんて楽しい!
元々は暖炉もあり、その炎がこのシーンをより盛り上げたであろう、とのこと。
床の模様と壁画が「うねり」を創りだす。

<詳細>
Romano-giant.jpg


古典から、神々と巨人の戦いのシーンは、ジャイアントマキと呼ばれ、神殿(例えば、ペルガモン)の彫刻で多く見られるが、ジュリオ・ロマーノの壁画は実にユニークである。

ジュリオ・ロマーノはマンネリストの重要な先駆者の一人。

マンネリスズム(Mannerism)の名前、maniera (manner)は、17世紀、18世紀の芸術家や作家が、最盛期のルネサンスと異なる、緊張感や歪みの生じた作品を、アートの衰退として、見下した背景と関係する。
が、
イタリア語の mano (hand 手)、つまり、マニュアル訓練。ドローウィングのアートを重視したアート。自然観察に基づいた作品や、明確さ、品格や威厳重視を超え、非日常的で、不自然な/超自然的なアンバランスさ、コントロールを超えた感情表現などが強調された作品群の総称。


ところで。。。
マントヴァのフェデリーコ2世・ゴンザーガは、イザベラ・デステの息子。
イザベラ・デステは、芸術の虜となり、多くの作品を所有したルネサンス期の女性パトロン。イザベラ・デステは弦楽器をたしなみ、子育て、夫の不在中や捕虜中、死後も公国を管理しつつ、限られた予算でやりくりしながら著名な芸術家の作品を収集した、とのこと。マンテーニャ、ダ・ビンチなどなどなど。。。実際、ヨーロッパの美術館にいくと、元々イザベラ・デステの所有物だったものに出会うことが多い。
そんな環境で育ったフェデリーコ2世。



画像;Frederick Hartt and David G. Wilkins. History of Italian Renaissance Art, 6th ed. (Upper Saddle River, NJ: Pearson Prentice Hall, 2007), 597.
ーー>教科書として使用された1冊
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2008年05月10日

ヴァザーリが描く アーティスト

ヴァザーリの描くアーティスト達は、まるで現代に生きているかのよう。
読者が16世紀を感じる本。


14世紀から16世紀のフローレンスやローマでの人間関係は、現代の人間関係とそう変わらないんじゃないか、と思わせるほど複雑な上下関係、嫉妬、我が儘、ライバル意識 etc...があり、そんな渦中に、今では天才と言われている芸術家達が生きていた。

天才の考えていることは、同年代では理解者が少なく、受け入れられず、後々、特に亡くなってから評価される場合が多い。名前が売れている人、実力よりも口のうまい人の方が給料が高く、実際に才能のある人が安く見られがち。。結果を出すまで、名前が売れている人に美味しいとこ取りをされてしまうのを、なんとか回避しようとする努力。だって、できあがるまでに何年、時に、10年以上かかるのは当時では普通。結果を出すまで、アイデアを上に横取りされてはたまらないわよね。。
「難しい」を言い訳に、費用を流用し、さっぱり完成させない、口のうまいだけの指揮者を、なんとか退かせようと策をあれこれ講ずる15、16世紀の芸術家の努力。

本来、そんなことにエネルギーを使わず、もっと作品に没頭できたなら、もっと素晴らしい作品が後世に残ったであろう、と同情してしまう。

例えば、
▼ ブルネレスキ ▼ 

Cathedral-of-Florence.jpgブルネレスキによるフィレンツェのドーム。
ブルネレスキが思ったように工程が進むまでに時間がかかっている。ブルネレスキは非常に苦労している。
最終的には、彼が全面指導をとることができたのだけど、それまでが大変。
できないことを自分はやってみせるということを示すのに、コロンブスが卵を立てたことは有名。でも、実は、先にブルネレスキがそのパフォーマンスをしている。
(コロンブスがフィレンツェ人と何らかの関連があり、そのパフォーマンスを知った、と想定できる。)

ブルネレスキが、昼休みに食事のために降りなければならない大工達の、その時間のロスを減らすために簡易食堂を作業場に設置した、なんて、読んでいて楽しい。何を食べたんだろう?! 眺めも良かっただろう!

このドームや他の建築が有名で、建築家と思われがちだが、ブルネレスキの3D作品(*)もエネルギッシュで、情感的で素晴らしい。



▼ ラファエロ ▼ 

Raphael-SchoolofAthens.jpg

ラファエロは画家として有名だが、実は素晴らしい建築家でもある。
女性への関心が残されていない、ダ ヴィンチ、ミケランジェロなどと対照的に、好きな女性とうまくいかないと仕事が手に付かなかったラファエロ。
ラファエロの弟子については次回。

Uccello-wireframe.png▼ ウッチェロ ▼ 

結婚はしても、作品造りに没頭した芸術家は多い。
遠近法に没頭し、徹夜もしょっちゅうしていたウッチェロ。
妻がウッチェロをベッドに誘ったら、「あぁ、この遠近法は、なんて愛らしいんだ!」って。

遠近法が愛人と、ヴァザーリが茶化しているよう。
というのも、自然を観察するより、遠近法にとらわれすぎたために、乗馬像(騎手像)の馬の歩行の間違いに、ウッチェロが気付かなかったから。




▼ ミケランジェロ ▼ 

優れた芸術家へのヴァザーリの尊敬、同情、共感が生き生きと表現され、例えば、ヴァザーリが最も尊敬したミケランジェロの項は、「いやぁ、本当にミケランジェロが大好きだったのねぇ。。」としみじみ感じてしまうほど、親しみ、尊敬、愛情が伝わってくる。

Michelangelo-Davids.jpg2D、3D、空間アートに長けていた、まるで作品を創るために生まれてきた芸術家。89歳まで現役で仕事をし、質素で、人生の後半はお給料をもらうのを拒み、作品の完成度に全力を注いだミケランジェロ。

ーー システィーナ礼拝堂の壁画 ーー

壁画経験がなかったミケランジェロ。ミケランジェロへの教皇の寵愛を嫉妬した、同世代の芸術家に ‘はめられた’ 感のある システィーナ礼拝堂の壁画の仕事。同世代の焼きもちを焼いた芸術家が、教皇をそそのかしたのよね。。だから、ミケランジェロが拒めば拒むほど、教皇はやらせてみたくてたまらなくなった。全然、教皇が諦めず、説得するから、結局、ミケランジェロは引き受ける。

ミケランジェロにしてみたら、経験者として見本を見せた全員(足場も壁画も)が全然お話にならなくて、(大変だったのよね。。ミケランジェロ。)がっかりし、全員を閉め出し、礼拝堂のドアの中、一人で黙々と作業に没頭。作業中、作品がどう進んでいるのか誰も知らないから、外部者、特に、教皇はもう我慢ができなくって、見たくて見たくて仕方がない。ヴァザーリの描写からは、そんな「いてもらってもいられない教皇」が目に浮かぶ。

途中、冬に、漆喰が早く乾燥せず、ポツポツが表面から浮いてきて、ミケランジェロが落ち込んじゃうヴァザーリの描写には、もう私までハラハラして仕方がない。すっかり、ミケランジェロに同情してしまう。

GiorgioVasari.jpgヴァザーリ Lives of the Artists (Volume I) をお薦め。固く直訳するなら、芸術家の伝記集。日本語訳も出ているはず。日本で英語版が安く手に入ります。
(ブログ、前日の「教科書」参照。)
元々のイタリア語Le Vite も、英語のLivesも、lively で vital の意味を含んだ単語。
まさに、生き生きとしたヴァザーリの表現。




そう! ミケランジェロは、最も優秀な建築家の一人。
あのサン・ピエトロ大聖堂のドームをデザインしたのは、ミケランジェロ。
79歳でも、若手よりも実力のあったその建築家は、またもや、同時代の妬みに合い、「もうろく爺さんは早く引退すべき。」と言われちゃったり。。若手からすれば、自分たちの活躍の場を確保するのに真剣だったのかもしれないけど、ミケランジェロの手紙を読むと、全然もうろくが感じられない。それまでの、功績があるにもかかわらず、ミケランジェロが可哀想になる。
ミケランジェロを心底大好きで尊敬していたヴァザーリは何か自分にできないかって、いろいろ考えて行動する。

あぁ! ヴァザーリ! 


* 3D作品 ー> sculpture (スカルプチャー)
一般的に彫刻と訳されているが、sculptureは、大理石などを彫るだけではなく、型に流し込まれて造られた作品、平面ではなく立体の作品全てを含む。「彫刻鋳造物」?!的な意味。
現在では、立体作品は全てsculptureと呼ばれている。ブルネレスキは、銅や木を使った作品が有名。 
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2008年05月09日

教科書

カナダの高校生は、教科書を学校から借り、一学年終了ごとに変換するシステム。使い回し、リサイクル。ゆえに、使用する教科書の新旧にはムラがある、とのこと。(未だに、高校時代の数学と歴史の教科書を大事に持っている私には、びっくり。)

トロント大学では、教科書は本屋に行き、個人個人で買うシステム。
でも、ほとんどの場合、講義で教科書は使用されない。教授は教科書に書いていない必要事項を述べ、テストは教科書と授業から出る。美術史だから、写真、絵の多い本が多いが、1科目で1000ページと授業からのテストって。。。楽しいでしょ!!?

1学期中、11回から12回のクラスがあり、例えば、ルネサンスのクラス(2年生用)では3冊の教科書を用意。プラス、eBOOK。今回、教科書を紹介。

→ 拡大イメージ

Amazon Japan ↑でも同じ本が買えるので、興味のある人は是非。

この教科書から私が感じた一部を、次回、ブログで紹介。
(1)ヴァザーリの本(初版1550年出版)は、美術史専門家の中には「嘘つき」と言う人も実はいる。特に、ヴァザーリが生まれる前の芸術家については細部の真意が危うい、と。
しかし、この本は、芸術家、美術史家、美術を見る人の視点が揃っている。つまり、ヴァザイーリ自身が芸術家であったため、作品を創ったことがない卓上の空論で美術を話すわけでもなく、難しい言葉を並べるわけでもなく、自分の主観を押し通すわけでもなく、溢れるアイデアの解放と制作を賛歌し、共感している本。創造者として「芸術家は神に近い」という考えと、神への奉仕という謙虚さが同席する本。
おのおのの優れた芸術家を、いろんな言い回しで感嘆!している。
途中、ちょっとダレる箇所がないわけではないが、芸術家達を身近に感じられる本。


(2)まるで図鑑のようなイタリア ルネサンス史の本からは、Giulio Romanoを紹介。
私感だけれど、もし、アントニオ ガウディのアイデアの祖先がいるとしたら、私は、Giulio Romanoを思い出すかも。。



実は、日本で洋書を買う方が、カナダで洋書を買うより安い。
カナダドルがアメリカドルと同じになっても、以前の格差のまま本が販売されているため、アメリカで本を買う方が安い矛盾が起きている。1冊あたり同じ本なのに千円以上違う。悲しい。。
アメリカ価格と日本価格は同じ。


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2008年05月08日

2学期、期末試験 終了!

短距離走者のエネルギーで 長距離走を走り続ける感覚。(人数の多いクラスは、体育館で試験がある。)
でも、走り続けるのは、足ではなく、ボールペンを握る手と脳の引き出し。毎度、体があえいでいる。。ぜいぜいする。小さい机と椅子で、1科目2時間の試験。手と肩の凝り、体のミシミシ感。バリバリ感。(全部終わると、ほぐすためにジムに直行。)
毎回、試験期間中、睡眠時間をどれだけ減らすことができるかの挑戦なので、ある意味アスリート?


○●○ 試験の結果 ○●○

中間試験と論文、クイズはコメント付きで結果がわかるが、期末試験の結果と、用紙は帰ってこない。期末試験2週間〜1ヶ月後に、ネット上にある個別のページにクラスの平均と総合点が発表される。科目により時期はバラバラ。知らない間に成績が出ている。

今期、授業が多すぎて、期末試験は完全燃焼。
科目を選択しすぎると、一つ一つの期末試験の準備時間が短くなり、膨大な範囲の復習がおろそかになってしまう。選択しすぎたのは失策だった。


○●○ コース選択 ○●○

でも、面白い授業があると登録したい誘惑を振り払うのが大変。
誘惑を払いのけ、誘惑と格闘する感覚。
チョコレートが食べたくて仕方がないのに、諦めないといけない辛さより、辛い。

毎年同じ教授が教えるわけでも、全く同じ内容が繰り返されるわけでもないため、一度関心のある授業を逃すと、2度とチャンスが来ないかもしれない。
しかし、5時間立て続けの授業は集中力が持続しないので、取っても効果が下がる。なにせ、授業の内容を自分の”もの”にするのに、2日以上はかかる内容の濃さを、教授は2時間で説明するので、5時間は現実キツい。
卒業に必要な単位数を超えることもできず、毎回、誘惑と現実の折り合いに苦労する。

講座の登録は、膨大な生徒数のためか、スロット制。全てインターネットで登録をする。
秋冬は一人一人時間が異なる。割当は、運が良ければ早い時間。遅い時間にあたると、人気のあるクラスはキャンセル待ちとなる。このキャンセル待ちも、空きを豆にチェックし、自分で、空きに飛び込むしかない。
ほとんどの場合、4年生から枠へのアクセスが許可される。必須科目を終了していないと、上の科目への申請ができない仕組みなど、全てコンピューターが処理。
単位の数で、学年が決まる。。

先日、医学部、人類学部、心理学部、哲学部、地理学部、数学部に出向き、というのも、水、知覚、美術史に関連のある科目があるため、それを取れるか、それを取るには何が必要か聞きに行った。。が。。

ああ、私の取りたい科目全てを選択できない、この辛さ! (^-^)


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2008年05月04日

物乞い とは。

現在の学生寮から近くのスーパーまで100mもない。その100m間になんと、5名以上の物乞いがいる。冬から夏にかけて増えるようだが、彼らはいつも、コンクリート道路に直接座るか、簡易椅子に座りながら、ただただ、一日中ペニーを歩行者に求める。一日中。。Change, please..

健常者に見え、働けそうである。男女様々な年齢層に驚かされる。カナダ人であれば、バイトで時給1300円くらいは稼げるトロント。セント(1円)のために、屋根もなく固い場所で、同じ姿勢(体を丸めた姿勢)で毎日長時間座り続けることは、つまり、自らの意思で、自らの体を台無しにしている。それも、じわじわと確実に。。まるで拷問のよう。

「change, please.」を何百回繰り返し、長時間座る「体力」と「気力」は、違う活用ができそうなのに。。。
20歳くらいの清々しい若者がコップを持って座っているのには、本当に驚かされる。
大きな元気な犬と一緒に座る青年、女性もいる。

海外(ヨーロッパ、アジア)で多くの浮浪者、物乞いを見てきたが、トロントの物乞いは、物乞いするしか生きる道はない、というようには見えない。。

体育座りで道路に1時間でも座っていようものなら、私の体はバリバリになり、1日座っていたら不健康者になり、1週間続いたら病院行きになっちゃうんだけど。。

なぜ、健康な体を台無しにする道を選ぶ、選ばざるを得ないのか。。


posted by mandelin-coffee at 12:11| Comment(0) | TrackBack(0) | Toronto | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月02日

微妙に小づくり

家のサイズ、入り口の高さ、椅子のサイズ、ベッドの長さ、固定シャワーの高さ、自転車の椅子のサイズ、地下鉄の大きさ、スーパーの列の幅 etc...
トロント生活(大学、寮、私の歩いて見た範囲)に欠かせない物、場所が、身長160cmの私には微妙に小さく感じる。とっても困るほど小さくも低くもないのだけど、全体的に気持ち小造りで低め。
** 日本の普通の一軒家は英国、カナダより大きい。(昔、実際に見る前までは、日本の家は英国圏の家より小さいと思い込んでいた私。)車のための駐車場が必要な日本と、路駐が許可されている家とでは、敷地の大きさにも影響する。

日本、英国、他の国々を周り、生活した経験で比較するなら、ベッドの大きさは仕方がないのであろう。寮は特に、部外者や彼氏、彼女が宿泊しないように最低限の大きさになっている。でも、がっしり男性は寝返りうったら落ちるかも。

講堂、寮内の椅子のサイズは困る。長く座る必要があるため、体の疲労が避けられない。
仕事として使用している人の椅子は別。快適そう。面白いデザインの椅子があったので、今度、写真を撮ろうと思う。
交通機関の椅子の快適さは、ドイツが体のラインに合っていた、と思う。

自転車は、意外なことに日本のような快適なママチャリがない。
一度、自転車を買おうかと思ってあれこれ試乗したが、椅子が小さく、お尻の痛さに閉口し結局断念。見た目では気付かなかったが、いざ乗ると、その微妙な差が合わない。
慣れだとは、思うが。。
華奢な自転車も多い。風で飛んで行ってしまいそう。価格は、驚くことに、3万以上は普通にする。
ママチャリなら2時間乗っても平気な私は、ママチャリを輸入したら、トロントで爆発的に売れるだろう、と思う。買うのを断念した理由は他にもあるかもしれない。妙に体力のある私は、自転車があれば、冒険に出かけてしまい、迷子になる可能性がある。。(^-^) 今は授業が一番、大事。。

私の狭い行動範囲で話すと、トロントでは、それほど身長の高い人に会わない。私の友人は高い人、175cmもいるが、女性で140cmくらいの大学学生も多くいる。ジムでバスケをしている男性も予想程ひょろっとしていない。いろんな幅と高さがあるため、多文化の街を感じさせる。

ちなみに、食べ物のサイズは、普通。
いや、微妙に大きいかも。

posted by mandelin-coffee at 04:33| Comment(0) | TrackBack(0) | Toronto | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月01日

トロント歯科事情

頻繁に、歯を抜く話を聞く。

トロントでは、親知らず wisdom teethを抜くのが一般的。

ここに来てから、私の知る限り、身近で親知らずを全部抜いた人は2人。
さらに親知らずを抜いたばかりの人が2人。

話によると、子供のときに歯の矯正を行うのは一般的で、クラスのほとんどが矯正用器具をはめる。20歳後半までに親知らずを全部抜くらしい。4本抜きセット価格がある。
子供時代に歯の定期検診が多いため、虫歯を持つ人が少ない。と。
確かに、歯並びがきれいである。
歯科での治療中は、自分の好きな音楽を聞き、知らないうちに処置は終わっている、とのこと。

歯医者の価格は安くないのだが、予防にお金をかけるシステムらしい。
(もちろん、経済的に余裕のある人のみ、とのこと。)

大学の授業料に、自動的に歯科保険料も含まれ、授業料が跳ね上がるのも、この考え方から来ているのかもしれない。

札幌では親知らずを抜いた友人、何人知っているだろう。。全部の親知らずを抜いた友人を思い出すことができない。1本抜いて、その歯の素晴らしさに驚き、それ以来、虫歯を残し、立派な歯を抜くことに抵抗を感じた私は、他の親知らずを抜かずにいる。

南フランスを旅中に、親知らずの周りの歯茎の炎症が耐えられずに病院に行ったことがある。その時は、親知らずが原因なのかなんだかよくわからず、歯医者ではなく、教えてもらった病院を訪れた。街の中心部から離れた場所に総合病院があった。中心部にはない、と言われたように思う。
薄暗い場所で少し待たされ、熱を測った(!)後、アイスキャンディーのような棒で、口の中を見られ、薬を薬局で買うように、と処方箋をもらう。
街の中心部に戻り、薬局で薬を買い、それを飲んで数日後に痛みが引いた。日本の医療との差を感じた経験だった。
posted by mandelin-coffee at 14:40| Comment(0) | TrackBack(0) | Toronto | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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