2009年08月27日

東に向かって歩いてみると

サテライト・イメージのGoogle Map。昨日訪れた Toronto Island Park が大きく見える。
Toronto Island Park&Remembarance Dr.jpg
© Google Map

今日は、左側(A)マーク付近を散策。

リトル・ノルウェー・パークで見かけたトーテム像。
Totem-in-a-park-1.jpg


そこをさらに東に歩くと、ヨット・クラブに出る。そこから見える CNタワー。
CN Tower from AlexandraYachtClub.jpg


ヨット・クラブには、いた! 魚が。鯉より大きい。
Fish1 at Alexandra Yacht Club.jpg



平日の夕方、カヌー、ヨット、ジョギング、サイクリングを楽しんでいる人の多いこと。。。
夕日を求めて、たどり着いた場所は、のどかで、水平線が美しい場所。

Sunset at Remembrance Dr.jpg
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2009年08月26日

Toronto Island Park に行く

オンタリオ湖に浮かぶ、トロント・アイランド・パークに行き、公園内をぐるっとほぼ一周。夕日は雲に隠れてしまったけれど、快晴でのどかな一日を送る。

湖は比較的透明度が高いのだけど、魚は見当たらない。

裏表のあるトロントを撮ってみる。

Two sides of Toronto.jpg




美しい一面だけだと、

島から眺める、中心街のトロント。



島は半日で歩いてまわることができる大きさ。だけど、意外に民家が多い。島内では、消防車と救急車以外の車は禁止されているので、買い物はどうするのだろう。。と余計な心配をしてみたり。
場所によっては、水面が腰当たりまで高いところもある。湖では、ボート、カヌー、ヨットを楽しんでいる人が多い。

夕方歩いた海岸で、偶然、ヌーディスト・ビーチに出てしまい、ちょっとびっくり。
おっと、失礼!

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2009年08月22日

日本語と懐石料理は似ている

日本語では、漢字(象形文字/表意文字)が名詞として用いられても、動詞の役割を果たします。アルファベットと異なり、訓読みと音読みの差はあっても、一つの文字が主張できるのが漢字。例えば、「きかい」と書いたなら、機会なのか、機械なのか、奇怪なのかわからないけど、漢字を使うと、文の中にいなくても、単語のみで、雰囲気を伝えることが可能です。

他方、英語の単語、一つ一つは、砂糖、小麦粉、塩、バター、卵のような存在です。主語、動詞、目的語を揃えることで、パウンドケーキにも、リンゴパイにも、チーズケーキにも変化します。主語+動詞+目的語の関係が不可欠で、冠詞と前置詞も大事な言語。なので、主語や動詞、目的語、さらに冠詞のどれを省略しても、意味が不明、あるいは、曖昧で嫌がられます。砂糖の入っていないケーキや、塩気のないスープのような文章が好まれない、という状況に似ているかもしれません。
英語は、主語、動詞、目的語があって文に生命が吹き込まれる言語。(新聞や雑誌のタイトルなどの例外はありますが。)

こういうふうに見ると、日本語はまるで、懐石料理や弁当箱のように(器が小さくても)一皿一皿意味があり、英語圏で、懐石料理はなく、一皿に全て隙間なく盛られた料理が多い、という、料理と言語の関連性に興味が湧く。

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2009年08月20日

パフォーマンス・アートの歴史は古い

1. イヴ・クライン(1928ー1962) 

Yves Klein は、コンセプチュアル・アートの先駆者として名があがり、彼のパフォーマンスで、有名なのが Anthropometry of the Blue Epoch(1960)下記は、その作品の一部を紹介しているビデオ。




2. ジャニン・アントニ(1964ー現在)

アメリカ人のスカルプターで、インスタレーション・アーティスト、フォトグラファーでもある、Janine Antoni(ジャニン・アントニ)のパフォーマンス Loving Care (1993)



3. 【3人の王姓の画家】ー 王墨、王默、王洽
『歴代名画記』によれば、「 風顚酒狂、酔後頭髻(もとどり)を墨にひたし、絹にこすりつけた」という。
(省略)(注 1)


4. 【張志和】
大暦年間(西暦766-779年)、酒をくらい、目を閉じ、顔をそむけ、筆を踊らせ、墨を飛ばし、音楽に合わせて仕上げる彼の山水画の描き方は、王墨同様多分に見世物的で粗放な要素が強い。大暦9年(774)の秋、「またたくうちに波のうちよせる蓬莱山が、絹の上に現れた時は、人垣を作っていた一座60余人の者が、 轟然と驚いた」と顔真卿は伝えている(「浪跡先生玄真張志和銘」)。張志和が破陣楽を演奏させ、自ら踊りながら、墨をそそいで洞庭三山を描いたとは、皎然(こうねん)の詩にもみえる。
(注 2)


5. 【顧姓】
大暦年間、山水を描いて諸侯の門をめぐり歩いていた呉の人顧姓の場合は、もっと派手で、大がかりである。撃鼓百人、ときの声をあげる中を、墨をまきちらし、絵具をそそいだ上に長い布をしき、人を座らせ、万遍なくひきずりまわす。その後大筆を揮って峯や島の形を整える。酔っぱらって画絹の上を走りまわることは、顧子もまた例外でない。
(注 2)


見かけは似ていても、コンセプトが違うから、異なる作品である、と主張する人も多いかもしれない。

水墨画では、中核は「線」と多色彩の放棄であるが、イヴ・クラインは、単色にこだわりつつも、「線」を、"牢獄の格子"に思える、として放棄。(注 3)

Anthropométrie sans titre.jpg左記、イヴ・クラインの日本語では『人体測定』シリーズと言われている作品。写真で見た、広島原爆投下時に放射熱により壁に残った人影の痕跡や、マット上に残った 汗をかいた柔道家の跡にインスピレーションを得たとのこと。(注 3)


学術的に根拠を探すのは難しいかもしれないが、日本を訪れたこともあり、柔道黒帯を持っていたイヴ・クラインであれば、東洋美術に触れる機会は十分にあったであろうし、特に1950年以降なら、英訳された中国絵画の本を一冊でも読むなら、中国人画人のパフォーマンスを知ることができた。
© 2007 Artists Rights Society (ARS),
New York/ADAGP, Paris, photo credit:
Giraudon/Art Resource, NY



Catherine M. Grant は、ジャニン・アントニの Loving Care は、韓国系アメリカ人のNam June Paik(ナム・ジュン・パイク:1932―2006)の作品 Zen for Head (頭のための禅:1962)を連想させる(注 4)と書いているが、ナム・ジュン・パイクは、昔の中国画人について知っていたであろう。

中国は、唐代以後、王墨、張志和、顧姓、北宗時代の真宗朝、清代の石濤など、豪快なパフォーマンスを行なった画人が多い。なぜ、イヴ・クラインやジャニン・アントニは有名で、中国人画家の迫力あるパフォーマンスは話題に上らないのか非常に残念。

一般的にモダン・アート、現代アートに関する英語の書では、昔の中国画家の名はたまにしか上らない。東洋美術に関する書では、溌墨や破墨の項で、ジャクソン・ポロックのアクション・ペインティングを連想する著者が多い。実際、学術的に、彼が中国絵画について詳しく知っていたかどうかの証明は難しいであろう。アルコール依存症で有名のポロックは、そのアクション・ペインティングを生み出した2年間、アルコール漬けから離れることができているため(注 5)、見かけだけでは関連づけることができない。

とは言え、コンセプトが異なるからこそ、古代の偉人について知ること、現代のアーティストと比較することは視点の幅の広さに気づくことができて面白い。


注釈:

(注 1)鈴木敬、町田甲一、中国文化業書7−芸術(大修館書店、1971), 68.
(注 2)同書, 69.
(注 3)Ulrike Lehmann. "Klein, Yves." In Grove Art Online. Oxford Art Online, http://www.oxfordartonline.com./subscriber/article/grove/art/T046847 (accessed August 28, 2009).
(注 4)Catherine M. Grant. "Antoni, Janine." In Grove Art Online. Oxford Art Online, http://www.oxfordartonline.com./subscriber/article/grove/art/T096686 (accessed August 28, 2009).
(注 3 & 4)ブログ著者による訳
(注 5)Pepe Karmel, ed., Jackson Pollock: Interviews, Articles, and Reviews (New York: The Museum of Modern Art, 1999), 30.

画像:"Yves Klein: Anthropométrie sans titre (ANT, 163), oil on canvas on paper, resin, 1.56×1.08 m, 1961 (Marseille, Musée Cantini); © 2007 Artists Rights Society (ARS), New York/ADAGP, Paris, photo credit: Giraudon/Art Resource, NY." In Grove Art Online. Oxford Art Online, http://www.oxfordartonline.com./subscriber/article/img/grove/art/F018138 (accessed August 28, 2009).


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2009年08月19日

斬新な芸術が生まれた背後に、欠かせなかった輸血

アヴァンギャルドのアーティスト達が影響を受けた、アフリカの工芸品(マスクや彫刻)、日本版画は有名である。が、もっと根本的に、具体的に、東洋美術のコンセプトに、21世紀のヨーロッパ・アメリカの芸術家達は刺激を受けたと確信のもと、あれこれ探り続けている。

具体性を今は伏せながら、もっとはっきり書くと中国水墨画や書道の背後にあるコンセプトなしでは、アメリカの抽象絵画の発展は全く別のものになったであろう、と。

その具体性の確信を裏付けするため、他の資料の意見を分析しながらいろいろ読んでいる過程で出会った本が、吉村貞司氏による「日本美の構造 ー東洋画論に求める」(三彩社 1970)である。

実際、トロントで中国絵画史を選択し、郭熙の作品に驚き、目から鱗的な知識を吸収する機会に出会ったが、吉村貞司氏の「いかに東洋美術は素晴らしいか」の強調は駄目押しのようだった。

例えば、

PP. 114ー115

私たちもパースペクティヴ
*遠近法を学びとった代償として、得るところも多かったが、すべてがプラスだけだとはいえない。日本が長い歴史によって育てあげたもの、東洋にあった独特の空間感覚をすみやかに失ってしまった。
・・・日本史を書き変える大事件とさわがれるかもしれない。・・・私が行なっているのは、美に関するもの、感覚に関するもの、空間性に関するものである。今の社会は美に飢えていても、こうした根源的な問題について関心をもたないし、過去の貴重な感覚がどんな価値をもっていたか、知ろうともしない現状である。日本画のいきづまりが心ある人によって憂えられているが、日本の美意識をすてたら、特性を失うのは自明の理である。世界化するのは、自己の特性、自己の存在理由を失うことではない。世界の人に通じる言葉で自己を表現することだ。現代は日本画だけにとどまらず、世界の絵画そのもの、美そのものが行きづまり、病んでいる。病めるものの後を追ったら、生命力を減少させるのは誰にでもわかることである。それならば洋風以外によるところがないかといえば、決してそうではない。西洋は日本だけではなく、世界の彼等以外のものを学んで、強力な輸血を得ようとしはじめて、かなり長い歳月が流れた。新鮮な輸血も病める力にかつことができなかった。しかし、私たちは彼らとはちがって今日に生かすことのできるすぐれた特性をもっている。私は美の特性について、ほんの一部を発掘してみたが、過去の貴い遺産が豊富に忘却の彼方に眠っていると予言できる。そして私が今ここに発掘しようとしているのが、その遺産の一つである宇宙感覚なのである。


*[]内は、原文に補足。perspectiveが遠近法と日本では訳されているが、この訳、実はその言葉が持つ深い意味を表現しきれていない。ゆえに、吉村氏もパースペクティヴと述べているのであろう


これは、1970年に出版された本である。今でも新鮮な言葉に響く。
特に、今の社会は美に飢えていても、こうした根源的な問題について関心をもたないし、過去の貴重な感覚がどんな価値をもっていたか、知ろうともしない現状であるの部分。



吉村氏が、アド・ラインハート Ad Reinhardt(1913-1967)について述べている箇所も紹介したい。

PP. 116ー117

画面の全面を黒一色で塗りつぶしたアド・ラインハートは、それによって、ディテール、色彩、構成を否定した。彼はそれによって、絵画が宿命として原始時代からにないつづけてきたかたちを否定し、かたちのもつ美を、意味を、内容を追放した。ラインハートは東洋美術のりっぱな学者であり、黒一色で塗りつぶしたモティーフは東洋無自我の白紙還元に由来しているのは明らかである。彼は「否定」により、還元的に、あるいは逆説的に「アブストラクト絵画」・「超時間的絵画」とみずから命名した作品に到達した。そしてついには「美術界の良心」とか「大いなる熱狂の時代における偉大な抗弁者」と認めらるに至った。私は彼の「アブストラクト絵画」という題をつけられた黒一色にぬりつぶした作品の前に立ち、西洋に誤解された無をくみとっていた。芸術家は他人の芸術を誤解する権利がある。しかしその誤解は新しい創造を生み、未知の美を開発した時にのみ価値をもつ。私はラインハートの誤解をいうのではない。その誤解がアブストラクトの限界、西洋の限界を明示しているといいたいのだ。限界のゆえに、次の発展がまったく考えられず、いわば行きどまりに追いつめられた終末観さえ感じられた。黒のかわりに白で塗りつぶすのならば、むしろカンバスを生地のままにしておいた方が徹底している。あるいは額ぶちだけを展覧会場の壁にかざって、「壁」という題をつけた方がきがきいている。西洋的な余白の考えは否定的であった。それは絵画そのものの否定に傾倒していく。余白はいわば一つの色のように、物質的にとりあつかわれ、そのとりあつかいの中で無限性を失ってゆく。



このブログ、6月4日付でアップした「芸術家の名は、葉のようにももろく、幹のようにも強い。」の記事で、そのアメリカ抽象画家の一人、Ad Reinhardt(1913-1967)の作成した下記のカトゥーーンを紹介。


How To Look At Modern Art In America, 1946 & 1961
Ad-Reinhardt1946-1961.jpg
* colours are added on the original cartoons.
© Smithsonian Institution


左が1946年で、右が1961年。(← 年号をクリックすると拡大図へジャンプ。)
葉の一枚一枚に、画家の名が書かれている。


ずーっと不思議でいるのは、MoMA(ニューヨーク近代美術館)の創設者の一人でもある Alfred H. Barr, Jrも、Ad Reinhardtも、モダンアートの系図では、「中国絵画」を書いていない。東洋芸術を指導し、自らの作品の傾向を変更したにもかかわらず、Ad Reinhardtが、上記のカトゥーンで記入しなかったことが引っかかっている。この疑問を通じて読んだ本のおかげで、東洋美術の面白さをさらに実感。(それで、西洋美術への関心が半減したわけではないが。。)
実は、中国美術に関し、中国語から訳され、解釈された英語と日本語での紹介、分析に差がある。翻訳の与える効果の違いに、実はもだえている。特に、「余白」という訳が適切ではないのでは?、とあれこれ調べていて感じる。最近、漢字にこだわっている。


ともあれ、
吉村貞司氏による「日本美の構造 ー東洋画論に求める」(三彩社 1970)の主旨から学ぶことは多い。是非、この本から東洋美術のエネルギーを感じてほしい。



追記/続き
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2009年08月18日

スラムドッグ$ミリオネア

★★★★★ Slumdog Millionaire(2008)
      日本語タイトル:スラムドッグ$ミリオネア

第81回アカデミー賞、受賞作品は全部(DVDで)見た。見たら納得。他の作品が、このスラムドッグ$ミリオネアに太刀打ちできなかったことを。映画館で上映後、拍手喝采が起こってもおかしくない作品。深刻な社会の面を見せているのに、希望を感じさせる。

子役の演技、特に、 ジャマール役の、Ayush Mahesh Khedekar (下記、画像)と Tanay Chheda が素晴らしい。



上記の写真、美しい。。。が、見た人は、彼がどこにいるかに気づくはず。。

以前ブログでも紹介した、A Mighty Heart (2007)にも出ていた Irrfan Khan も警部として登場。脇役だが、Irrfan Khan の存在は大きい。


日本語のオフィシャルサイトもあるが、是非、英語板を見てほしい。
初めから見たい人はこちらから(音楽と映像が合っている)
ーー> http://www.slumdogmillionairemovie.co.uk/ 

ダイレクトに映画の感じを掴みたい人はこちらから(お薦め)
ーー> http://www.slumdogmillionairemovie.co.uk/#/video/


これは widget ↓ (オフィシャルサイトから入って行き着く場所の一つ。でも、上記のサイトから入って、導入から楽しんでほしい。)



映画のはらはら感の余韻がまだ残っているけれど、映画で使用されていた音楽は肩を、肋骨部を、腰を、脚を動かす、エネルギッシュさがある。聴く度に踊りだしたくなる。


余談だが、将来、マイケル・ジャクソンの映画が作られた時、今回サリーム・マリクを演じた Madhur Mittal が起用される、と私は予測する。
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2009年08月17日

カオス:女はみんな生きている

★★★★★ フランス映画 Chaos (2001)
     日本語タイトル:女はみんな生きている
     ジャンル:コメディー


サン・ジャックへの道(2005)も凄く素敵な作品なので、コリーヌ・セロー(Coline Serreau)監督の作品のファンは多いと思う。このChaos、フランスを舞台にしているのだけど、日本の夫婦や家族にも似た面があるため、親近感のある映画。笑って面白がっているうちに、あっという間に109分が過ぎ去る。
女性たちが主役なのだが、Vincent Lindon の演技と、Aurélien Wiik (下記、写真)のセクシーさが胡椒のように効いている。AWは、フランス男優の中で、抱かれたい男性のウィニング・テープを切りそうだ。。



映画、冒頭で、中国書家による作品「」が逆さまに壁に掛けられているシーンがある。お父さん役のVincent Lindonの書斎の入り口にあるのだが、まるで、その後のストーリーの展開を暗示するようで面白い。

この映画を見た後、「曖昧」という漢字が日+愛+味であることに、いきなり気づく。日々の愛の感覚は曖昧、ということなのかなぁ。。と思ったりする。他の映画でも、愛=sex あるいは、more than sex なのか、という点が多く描かれているが、前者だとする考えが、売れている映画では強いかもしれない。この「女はみんな生きている」では、愛って何?と問いかけている感がある。


中国語を選択している友人がいるため、彼女の教科書を見る機会が増えたのだが、中国語での「愛人」は、ガールフレンド、ボーイフレンド、妻、夫を意味し、日本語での「愛人」は、「情人」と書く、という点も最近知る。

love.jpg


今日、ROM(ロイヤル・オンタリオ博物館)にふらっと出かけ、ミュージィアム・ショップで見かけた「愛」。よく見ると、中国で簡略された字loveinchinese.jpgと「愛」のあいのこだと気づくはず。友人の「ノ」の部分が、「心」を射ているのが面白いなぁ、と思いカメラにおさめる。

参考までに、字形を紹介したい。
「愛」=「すり足でそっと歩く」の意味を表す「夊(すい)」と、音を表す「旡+心」とからなる形声字。
「友」=「手」を二つ重ねたかたちに、さらに「又」(再び)の声を合わせた形声字。


ーー> 山田勝実. 角川小辞典 漢字の語源. 角川書店. 1976
「愛」P.49 & 「友」P.477.より

追記/続き
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2009年08月14日

シルバームンドの曲を聴く

下記、silbermond のオフィシャル・サイトより。


サイトに入って、中央下のvideoやaudioをクリック。
ICH BEREUE NIGHTS. (意訳:後悔は ない/未練なく)をお薦め。ヴォーカルのStefanie Klossがキュート。しっとりと柔らかいドイツ語が素敵。ヴォカールの澄んだ声が耳に残る。

ICH BEREUE NIGHTSの歌詞を読んでいると、砂時計で恋愛関係の終結を表現している点が、的を得ているな、と。

すれ違いの度に、砂が少しずつ飛び去り、また砂時計をひっくり返しても、減った分、返す頻度が増え、最後には空の砂時計が残る。

砂だから二人で築くことによって、強さを得る。
だけど、砂だからその崩れる速度が早まると、最終的には、終わりが来てしまう。でも、二人で築いたことは価値があり、恋愛が終わったことに後悔は全くないけど、ありがとう、を。



下記、オリジナルの歌詞。

Ich halte deine Hand,
solange wie ich kann,
und zeig die letzte Runde an,

wir haben's beide gewusst,
und doch verdrängt bist zum Schluss,
dass man die Zeit nicht besiegen kann,

vielleicht wär's besser es wär' so nie passiert,
doch vielleicht ist so ein feiges Wort,
wir haben immer gekämpft,
und kein Sandkorn verschenkt,
und jetzt steh'n wir hier,

und ich bereue nichts,
nicht einen Schritt,
nicht einen Augenblick davon,
auch wenn's verloren ist,
auch wenn's für uns nicht reicht,
es war doch nichts umsonst,
bereue nichts davon,
nichts davon,

die Zeit läuft gegen uns,
das letzte Korn fällt stumm,
und langsam ist die Runde um,

wir haben auf Sand aufgebaut,
das hat uns viel Kraft gebraucht,
doch alles davon, war es mir Wert,
und ich dank' dir für jeden Tag bei dir,

oouh

denn ich bereue nichts,
nicht einen Schritt,
nicht einen Augenblick davon,
auch wenn's verloren ist,
auch wenn's für uns nicht reicht,
es war doch nichts umsonst,
nichts umsonst,

oooh-ouuh

ich breue nicht ein falsches Wort,
nicht einen Augenblick,
ich nehme keinen Schritt zurück,
denn ich bereue nichts,
ooh-ouuh
ich breue nichts,
ich breue nichts,
nichts davon,
ich bereue nichts.




youtubeでも聴くことは可能。ーー>
ドイツのポップ・ソングの傾向として、歌詞の内容と関係のない、画像に政治的なイメージが使用されている。不思議。。



他、Symphonie(Symphony)や、Durch Die Nacht(Through the night)も是非!
ヴィデオも面白い。



(追記:8月15日)
昨日まで、youtubeの貼付けアドレスが公開されていなかったのに、今日、突然貼付けできるようになりました。
posted by mandelin-coffee at 22:02| Comment(0) | TrackBack(0) | Films & Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月12日

なぜ、日本のアニメの目は大きいの?

なぜ? I don't know.....
この質問は、5年くらい前、ヨーロッパ旅行中にうけたもの。

でも、下記のTelmo と Tulaほどではない。。。。オセロのような目。

Telmo e Tula.jpg

© Rai.TV


上記は、子供向けの料理番組で、Telmo と Tulaが、巻き鮨を作っている様子。アボガドと人参の巻き鮨に、サーモンの巻き鮨って。。。作り方を見ていると、日本流ではない部分はいっぱいあるけれど。。。(笑)
他、クッキーを作っているヴァージョンでは、オーブン使用をヨーヨーをしているお祖父ちゃんにお願い。お祖父ちゃんと孫の理想的な姿も描かれている?!

Motion Picturesによる子供向けのアニメーションで、英語、イタリア語、フランス語、カタラーニャ語、ポルトガル語で紹介されている。上記の絵をクッリクすると、イタリア語のサイトに行く。

オフィシャル・サイトでは、簡単な料理言語や、調味料などが、紹介されている。巻き鮨以外に、イタリアのデザートも紹介されているので、覗いてみては?!

posted by mandelin-coffee at 04:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化&気づいたこと EU | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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