2010年01月09日

忘れられた風呂文化

ルネサンス。この言葉は、特に、14世紀に起こったギリシア・ローマ古典文化の再生/復興を意味する。が、その14世紀に起こった“文芸復興”が、風呂文化に及ばなかった点は、興味を引く。

文芸と風呂?

ローマの浴場の平面図は美しい。
カラカラ帝 浴場
BathsofCaracalla.jpg


ディオクレティアヌス帝の浴場遺跡は、ミケランジェロによって教会に改造されている。16世紀のイタリア人建築家アンドレア・パラディオ(Andrea Palladio)の別荘の平面図には、ローマの浴場の平面図との類似が見られ、彼の著作を見ていると、パラディオがそのローマの遺跡を特に観察し、引用したのが伝わってくる。ローマ時代、浴場が複合施設であったため、その複雑かつ整備された平面図が、多目的の部屋を含む別荘に適用されたことを読むのは面白い。

パラディオの時代、ポンペイの遺跡は発掘されていないが、ポンペイの遺跡に残る壁画を見ても、浴場が芸術品でもあり、大衆文化でもあったことを否定できない。

ともあれ、ローマの浴場の遺跡に関心が高まったルネサンスだが、実際の入浴する習慣が戻りかけたのは18世紀、19世紀になってから。

キリスト教の布教とともに、ヨーロッパでは、貴族も奴隷も同じくらい「洗う」習慣がなくなる。洗礼後、体を洗うことはない人も多かったらしい。洗うのは、時々、手。たまに、顔と足。お風呂に入ると、男性が軟弱になる、と信じ込んでいたようだ。

ルネサンスは、イスラム教徒らが保管していたローマ・ギリシアの書簡がもとに起きている。書簡のみならず、イスラム教徒は、風呂文化も受け継いだ。にも関わらず、キリスト教徒は、風呂文化の復興はしていない。キリスト教徒の匂いに対する、イスラム教徒の仰天ぶりは読むと思わず吹き出す。

実際、ミケランジェロが、精力的に活動していた頃は、服も靴も脱がず眠りについた(着替えなかった)、という記録がある。ダヴィンチのノートには、ローマ時代の建築家ヴィトルヴィウスの名とともに、「毎土曜日に熱い風呂に行くなら、裸の男性らを見るであろう」というメモは残っている。が、ダ・ヴィンチが公衆浴場にデッサンに出かけた、という記録はない。


最近読んだのが、Constance Classen による Aroma: The Cultural History of Smell と、Katherine Ashenburg The Dirt on Clean: An Unsanitized History
Katherine Ashenburg は、日本を離れて暮らす日本人がもっとも懐かしくなるのは、慣れ親しんだ(日本食のような)食べ物でも、言語でも、人々でもなく、日本のお風呂である、と。そのお風呂とは、あっつい湯に共同で浸かる前の下洗いをする特別な習慣を含める、と。同様に、古代ローマ人も。。。と続く(P.33)。


次回は少し、毛穴への意識の変化について紹介したい。
ラベル:風呂文化
posted by mandelin-coffee at 00:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化&気づいたこと EU | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月04日

簡単な架空旅行

Google Map を使用すれば、行ったことのない場所がどんな景色なのかを見ることができる。今のところ地域や都市は限られているが、例えば、トロント大学は左記のように見ることが可能。



上記のように実際の景色が見れたら、黄色の人形を写したり、景色をクリックすることにより、180度回転することも、歩き回ることも可能。少々使いにくいが、数年後にはより改善されるであろう。[※ ライブでの映像ではないため、季節感はない。でも、知らない間に映像は撮影されたようである。]


現在、イタリア、フィレンツェを勉強中だが、毎回、地図で場所を確認。距離感や、人間と建物の関連性を見るのに役立つ。旅行前にGoogle Mapを使用してみては?!

posted by mandelin-coffee at 11:07| Comment(0) | TrackBack(0) | カナダ Toronto 大学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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