2008年07月03日

チェザーレ・ボルジア(1475ー1507)

歴史上会ってみたい人の一人、チェザーレ・ボルジア(1475ー1507)
ダ・ヴィンチが、チェザーレの元で軍師[*]として滞在していたことが、会ってみたい理由の一つでもある。
* 諸葛亮 孔明のような軍師ではなく、より芸術的で且つ技術面に長けていた顧問技師のような立場。


パオロ・ジョヴィオ(1483ー1552:医者、歴史家、伝記作家)著書にあるチェザーレの版画図と比較しながら、ダ・ヴィンチのこのスケッチ(図:複製)がチェザーレであろう、とValentiner 氏は推測。

Cesare-Borgia-2.jpg

MayBeCesareBorgia-1.jpg
copyright 下記 参照


ローマを訪れた時、偶然ボルジア家についての展覧会があって、非常に嬉しかったのを覚えている。

チェザーレの肖像画がほとんどないのは残念。アート系の雑誌、それも20世紀前半に書かれた記事でチェザーレの顔(?)が紹介されていた。

当時チェザーレは、チャーリー・チャップリン(1889ー1977)と同じくらい人気があったと同時に、[イエス・キリストの誕生を恐れ、ベツレヘムの幼児の皆殺しを命じた]ヘロデ王と同じくらい嫌われていた、と、Hevesy氏は記事(1932年発行)の中で表現している。それくらい著名であったという表現が面白い。俳優の人気と同じように、民衆の関心に波があったとも。

アレクザンダー6世の死去後のチェザーレの権力失墜後に作られたメダル。
同じメダルのようだが、表情が異なって見える。角度、光の当たり方で、これほど表情が変化する。

Hevesy 氏の記事でのチェザーレ。
CesareBorgiaMedal-1.jpg


Valentiner 氏の記事でのチェザーレ。
CesareBorgiaMedal-2.jpg
copyright 下記 参照


高貴の人の間で、メダルは名刺の役割を果たしていた、という作家もいる。

ヴェネツィア宮の失われたオリジナルの肖像画のコピー。(Hevesy 氏の記事)

Cesare-Borgia.jpg
copyright 下記 参照



copyright & reference

Valentiner, W. A. "Leonardo as Verrocchio's Coworker." The Art Bulletin, Vol. 12, No.1, (Mar., 1930): 43-89

Hevesy, Andre de. "Portraits of the Borgias-Cesare." The Burlington Magazine for Connoisseurs, Vol. 61, No. 353, (Aug., 1932): 70-75
posted by mandelin-coffee at 06:13| Comment(0) | TrackBack(0) | つつ うらうら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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