2008年05月30日

原田泰治デザインの切手

郵便切手は国を代表する文化のシンボルであり、芸術が詰まった作品。
切手コレクターではないけれど、海外でも日本でも切手を買いに行き、思いがけない素敵な切手に出会った時には、その日1日楽しくなる。音楽と似て、昔発売の切手が、時に、新鮮に見えることも。

受け取った旅のハガキについた切手の美しさや、予想外で素晴らしいデザインはずっと心に残る。



原田泰治デザインの切手シートが、このブログを毎回読んでくださる、本藤さんから贈られ、感動! その日1日は特にうきうき。2006年9月の過去記事で、原田泰治さんについて書いたことを覚えてくださったことにも大感謝。
どうもありがとうございます!


* 過去記事で触れた後、英語で一度も原田泰治さんについて書いたことがないことを反省し、英語の記事を少し書きました。English



追記 (2006年6月1日付)

本藤さん、本当にありがとうございます。
原田泰治による作品は、茶畑の香り、炊きたてのご飯の香り、海辺の塩っぽい匂い、自転車のチリンチリンという音、夕暮れ時のカラスの鳴き声など、5感に響きます。自分の育った環境と異なっていても、例えば、瓦の屋根で過ごした経験はないのですが、そんな風景も含めて、まるで、自分の故郷のように感じさせる作品ばかり。
ほのぼのと安らぐ作品です。
本藤さんの描く絵も、優しさが伝わる作品です。


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2008年04月16日

2007年度の創造拠点交流事業レポート

s-air2007.jpg


今回、この2007年度の創造拠点交流事業レポートの翻訳(一部)に携わることができました。
翻訳をする時は、自分がそのオリジナル原稿の書き手であるかのように、その言葉が自分の口から出る程自然に訳せ、意図が反映できたら、と毎回試行錯誤します。日本語を50回以上読み、それから、一気に英語に訳します。今回は、トロントにいるチャンスを活用し、クラスメート、フラットメイト計4名のカナダ人の協力を得、一番ぴったりくる英語を模索しました。
普段、自分が大学のためのエッセイを書くときは、日本語から英語に訳すことをほとんどしないので、S-Airからの翻訳依頼は非常に英語の勉強になります。外来語が英語の意味と離れていることなど、その差をきちんと把握できるチャンス。さらに、アーティストの文章は、新たな視点を発見でき、刺激的でもあります。書き手の個性を訳すことを心がけて、様々な表現を楽しむ時間。

カナダに来て見ることはできませんでしたが、2007年度招聘アーティストの一人、ドイツ出身、ロンドンで活躍中のデザイナーJulia Lohmannさんの作品は、展覧会後も展示が続いているようです。
帰国したら、是非見たい作品。

Julia Lohmann "The Catch"

Julia-1.JPG


詳しいお問い合わせは S-Air まで ーー>
  S-AIR OFFICE : 札幌市豊平区豊平1条12丁目1-12 ICC-401
  TEL 011-820-6056  FAX 011-820-6057
  http://www.s-air.org
  http://sair.exblog.jp/

2008年度の応募が始まっています。是非、チェック!


Julia Lohmannが使用した大量のケースは鮭用の木箱。札幌中央卸売市場にあるものです。

今時期、時鮭のシーズン。
是非、時鮭食べてみてください。舌が喜ぶ美味しさです。舌が「何?何?今、何食べているの?うまい!」ってな感じです。トロントで、時々、北海道の美味しい鮭が恋しくなります。


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2007年05月12日

偶然の接点

マーラーはこんなことも言っている。

「たとえば、歌における言葉の発音がそうだ。歌では、音楽的部分の形成も、常に言葉から出発しなければならない。ある楽句がどんなに美しく歌われたにせよ、言葉の響きが十分に生かされないと、聞き手に強い印象を残せないし、聞き手もその原因が納得できないまま終わってしまう。

Mutterというところを、Mu-terと引き伸ばして歌ってしまったら、効果はぶちこわしだ。逆に短くて鋭いTrutzをTru-zと発音したり、要するに変にもったいぶった歌い方をすると、意味も印象も伝わらなくなってしまう。

言葉と音は、肉体と精神のように分かちがたく統一されている。だから理想的な歌曲は、言葉から生まれてくる。もし言葉をふさわしい仕方で発音し、はっきりアクセントをつけて唱えたら、響きは自然と生まれてくる。もし言葉をふさわしい仕方で発音し、はっきりアクセントをつけて唱えたら、響きは自然と生まれてくるといっていい」 

吉田秀和作曲家論集
2 Franz Schubert シューベルト
P.212 より 『グスタフ・マーラーの思い出』からの抜粋


中居栄幸氏の「D+ialogue=2」を読む、シューベルト関連の本を読む、そういったことが現在進行形で起こっている私の生活。二つのことは直接関連がないのに、なにかしら偶然的な出会いを二つの文に感じる。そして、妙に納得する。

Dia-logue.jpg

Eiko Nakai

Untitled Dia-logue 2=1
oil on canvas
120cm X 120cm
タグ:Schubert
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2007年05月11日


今日、Eiko Nakai Solo show at Odori Gallery を見てきました。

中居栄幸氏による展覧会。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
中居栄幸氏は、英国に8年間滞在。建築とARTを学んだのち、帰国。海外で養った奔放性、柔軟性や寛容性、日本伝統の華道(師範)の繊細さ、そして自らが持つ力強さが 様々な形となり、作品が生まれています。
技術の高さ、感性の鋭さは、作品からも、会話からも伝わってきます。栄幸さんとの会話は楽しいだけではなく、彼の芸術への様々な視点は、作品に触れる上で刺激となります。栄幸さんが卒業したロンドンの大学に私も一年滞在し、多くのことを学びました。
栄幸さんは、今後の活動が楽しみな Artist です。
(経歴についての詳細は、会場にCVがありますのでご参照ください。)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


幸せに包まれて.jpg   ● 展覧会期間 : 2007年5月8日〜13日
   ○ コンサート : 中居栄幸 with Yoko
   ○ 日時 : 5月12日(土) 
          5:00pm 会場   5:15pm 開演 
           入場無料
   ○ 会場 : 大通美術館
            札幌市中央区大通西5丁目11 大五ビル
「幸せに包まれて」

愛に包まれて-s.jpg触れることができる絵画たち。
触れてみると、その薄さに驚く。
触れてみて、その細部にまで
こだわった凹凸を
私の手が感じる。

見る方角で、絵が異なって見える。
「愛に包まれて」


4年前のこと。栄幸氏の作品を 一度見でガツンときたというよりはむしろ、後々まで頭の中にしっかり存在し、時が経っても印象が失せず、不思議なことに印象が強くなり、もっとじっくり見るべきだった後悔したことを今でも覚えている。
栄幸氏ご本人とお話をすることで より作品に関心を持ち、見れば見るほど、見たはずでも、何か見忘れたように戻って、その絵とまた向き合いたい気にさせる作品。
対話することで、私自身の中で気づいていない新しい視点、感点を発見し、絵と向き合うごとに作品との距離が近くなる気がすることも。


spring裏.jpg

Haru 裏側

裏側も見ることができる。作品「春 la primavera」↑ では、年輪のような円が絵の中央にあります。油絵の具で消えてしまいましたが、ライン上に多くの想いが書かれていたそうです。



life-drawing-1.jpg

私は、チャコールで描いた栄幸氏のこのタイプの作品からエネルギーをもらう。
なぜかはわからない。

life-drawing-3.jpg





Mr.Ueno.jpg

Mr. Ueno
120cm X 240cm

栄幸氏にとって大切な3組のカップルが一人づつ描かれています。

栄幸氏は、どんな時もキャンバスの枠作りと布貼り、顔料も粉から絵具まで全て自分で手掛けます。
今回、この大きなサイズの肖像画は初試み。

この肖像画は油絵。目にはラピスラズリが使用されています
栄幸氏にとって、ラピスラズリはFra Angelico(「受胎告知」で有名なフラ・アンジェリコ)の色。
神聖であり、語る色。
私にとっては、Jan Vermeer(「真珠の耳飾りの少女」で有名なフェルメール)の色。
ラピスラズリは特別な色。



Eiko Nakai Solo show at Odori Gallery
May 8th − 13th
INOCHI 繋ぐ

大橋 洋子さんに捧ぐ
Mrs.Ohashi.jpg

Mrs.Ohashi
120cm X 240cm


この個展は私の此れまでの5年間作り続けてきた作品に最後の光をくれた透き通った声で唄う大橋洋子さんに捧げる。大橋洋子さんは昨年の4月23日に膵臓癌で他界しました。彼女はオペラ歌手であり私の古典とのコラボレーションを約束していました。しかし、それは叶わぬ願いとなりました。私は彼女が他界してからの一年間、彼女に捧げる作品を造って来たと共に、洋子さんに関わるすべての人のためにこの一年間創作に没頭してきました。私の創作活動と芸術に対する姿勢と概念を根底から変えたと言って良いほどの一年でありました。私の想う理想の芸術とは何で有るかと言う問いの答えに少し近づいた気がします。



D+ialogue=2

私は自分の作品をどのように発展させて行くか、アートとは、芸術とは、何であるかを、再考慮していました。多くは、芸術とは視覚的表現形式で在ると言っています。私が考えている事は、果たして表現するだけで良いのかと言う事。私は根本的に言って、芸術とコミュニケーションという意味を、全体的に見直す必要性があると、強く感じるのです。

Dialogue−対話という言葉、概念は、作品を作る上でとても、重要な役割を果たしてきました。そして、今、一層、前へ進むため、その根本的意味が深まっているのです。

Dialogue−対話〜(定義)二人、又は、それ以上の人の間でなる会話
Dia−(ラテン語)
 Through 〜によって、〜を通じて、通り抜ける、通過すること
 Between 〜二つの間に或るの意
 Across 〜一方から他方側への横断の意

Logue−特定的な話法や言葉による思想の伝達

全ての言葉は、それぞれ、その言葉の秩序が在り、文字やシンボルの組み合わせで成り立ち、一つの言葉として機能しています。
もし、その言葉の文字の配列が、在るべき形から異なっていると、もちろんの事、一つの言葉とした役割を果たす事ができず、ただ曖昧さが生まれ、言葉そのものの意味や存在価値さえも理解されないでしょう。

D+ialogue、Dそのものialogueだけでは、言葉としての意味はなく、ただ、音の在る文字の形でしかない、しかしながら、それが、一つになるとき、言葉としての意味が生まれる。形だけでは、中身がなく、不十分です。

Natsu.jpg
夏 Natsu  l'ete
120cm X 120cm


私は、直接相互的絆と全く異なる性質を持つ、二つ、又、それ以上の存在物によって生じる関係に興味が在るだけではなく、その作品の意味という物が、作品を生む過程の中で作られる事に興味が或るのです。それは、形が、それ自身の意、で満たされ、成り立っている事と関係があるのだと思います。

構造と言う要素自体に、それ自身の言語が有り、それを伝達していて、形が、徐々に構造されるにつれ、意味も、又、手を加えていく過程のなかで構造されていくのです。構造、素材、空間、配置、形と文脈、視覚、感覚的センセーション、そして、見る人と芸術家自身、これらの全ての要素が、一つ一つ同じであり、互いに重要な存在。良い概念が空間に適応するように、一線が自然の流れを持つ時、構造的にも正確であろうと考えます。一つの物が、他の物と離れて点在していて、あたかも、繋がりがない様に思われるが、何処かで繋がっていて、その他の物が、反対に存在しない限り、その一つの物が、存在する事ができない事を示唆をしているようです。それは、私が存在する太陽系の成り立ち、私達の人間関係にも言える事ではないでしょうか。それがどのように意味と関係を持つという事がとても大切な論点で或るのです。

その様な定理が、私の作品にも当てはまると思います。
私にとって、芸術作品を作るという事は、相互的関係の思想に基づいているのです。決して、芸術家一人では、芸術作品はできず、私が変える事ができないたくさんの異なった要素や局面が有るのは事実あり、私の芸術家としての、一つの仕事というのは、それら、一つ一つを、個にまとめ、如何に、一つの調和に生かすことができるかです。

自然は、私達の住む世界の形の表れを、素晴らしく表しています。自然は作られる物ではない、自らの然のものとして存在して、自らを作っている。

しかしながら、私は強く、芸術は自然のようでは有ってならないと感じます。芸術は作る事以上の事を、目指さなければならない。芸術は哲学、宗教的機能の要素が有り、芸術とは、ただ描かれる、作られる、手を加えられるだけでは不十分です。たとえそれが、自然と関わりが有るとしても、形造する事、表現する事を超える必要があると考えます。

時と空間に深さという感覚は、もはや存在しないようだ。人間が無の状態に陥るとき、人は無であり、純粋な精神である事を理解し始める。初めの切り口は、キャンバスへの破壊行為を示すのではなくそれは絵を超えた次元への接触である    

− Lucio Fontana − (イタリア人アーティストからの引用)


私の作品は、完全ないかなる答えでもなく、何が芸術と言うのかについて自分自身が作品との相互的対話への問いを探し求めるために存在する媒体なのであり、なぜなら完全なる答えという物が、必ずしも真実と結びつくわけではないし、人それぞれ、確固たる、自身の誠実性や解釈が或ることから、ただその問いをかけるという目的のために作品を生み出しているのです。

また、その問いかけが私達の概念を大きくし、私達の心の審理を閉ざす教養的な確信を減らすのだと思います。私にとって作品はイメージを描く事、作る事ではなく、私が自分自身と他のいろいろな要素の間(はざま)に生かされ、その中での相互的対話と関係の中で生む、形、意義、印、痕、線、色、空間、自分自身と見る人の感情と思考等が一つになった集合体の様な存在であると思うのです。

私が意味している事は、それは一つの確かな存在であって、観念主義者が表現と言う(描いて表す)と呼ぶ、そして、現実主義者が物と呼ぶ以上の様な、二つの間で生まれる存在物である。

禅の教えの一つで、無が与えられ、そして、私達が無から新しいものを創り上げ、発見するのだと言います。もしかしたら、作品を生むという事は、その概念に近いのかもしれません。それは、修道士が馬鍬を使って庭に線と跡を基本的、根本的な思想、感情、気持ち、又、心の状態など、作品と私が属する物質的森羅と似たような制限された空間、素材と構造の中で一人の精神的存在として表す事に言及するのだと思います。そして、今、私は、作品を超える対話を生み、新しい次元を発見するため、無を解こうとする挑戦と向き合っているのです。   
4月 中居 栄幸


ひめゆりの塔に捧ぐ.jpg

沖縄糸満市 ひめゆりの塔に捧ぐ
240cm X 120cm



(*)ここで使用した画像は、全て展覧会会場で見ることができます。このBlog上では、作品を周りの壁から切り取って表示し、その作品本来の持ち味が表現しきれていないことと、光の反射や影が入ってしまっていることをお詫びいたします。

それでも、もう少し栄幸さんの作品が見たい方は、こちらを!


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2007年05月06日

Artist 井上 廣子

アーティストとして幅広い活動を行う井上廣子氏のブログ制作を依頼され、現在過去の資料や写真を整理しています。



井上廣子氏の作品への姿勢やコンセプトを感じると、「問題に対し正面から向き合うこと」、を考えさせられます。

現在、京都造形芸術大教授の野田正彰氏が、2000年に書いておられる論文、「美術は震災に何を見たか」の中に、井上廣子氏の作品への記述があります。

・・・やはり多くの作品は建物の破壊を描き、人間の悲哀と希望を描き、そこで終わっている。
震災以降の社会がどのようなものだったのか、直視した作品は少ない。
唯ひとつ、井上廣子は仮設住宅の鉄骨を組み立て、4つの寝台を並べ、枕の位置に石塊を置いた。彼女の「魂の記憶、98・7・25−220」(仮設おける孤独死の数をタイトルにしている)こそ、震災後社会の現在を表現している。・・・・


この記述は、井上廣子氏の他の作品にも当てはまります。
「後」も表現する、「現在進行形」を表現する、しようとするArtist 井上廣子氏。

使用する材料が、コンセプトを表現するツールでもあり、その材料や設置方法が作品に大きく影響する、という点。そして、作品と見る側のコミュニュケーションがどう生まれるか、という点などを考える上で、今回のブログ制作で見る資料は、私にとって勉強になります。
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2007年01月07日

遠近

○  遠近 (日本語)
○  wochi kochi (English)

wochi-kochi.jpg


初めて読んだとき、「遠近」はまるで私の脳にある考え事が、きちんと言葉になっている雑誌で、なんだか心強い友人が近くにいる感じがした。いろんな国の人と触れ合うと、いろんな考えがあり、その都度、頭の柔軟体操があり、幅広い思考の幅があり、枠はないと感じる。

私が旅中、留学中に感じたことは‘文化&気づいたこと’で、食事しながら友達に話すように書いている。
でも、時間の関係で、統計を調べたり、もっと他の国の人々に考えを調査するような掘り下げも、いろんな見方を考慮して書くのは難しい。あくまで主観的である。

一方、「遠近」では、専門の方がより論理的にわかりやすく話したり、正確な数字も載っている。

国際化に関心があり、なかなか海外で住めない人には楽しい雑誌。

A=Aと思っている方も、人の話を鵜呑みにしやすい方も、変な英語の使用をカッコいいと勘違いしている方も、頭の体操で読んでほしいなぁ・・

私が学校の英語指導者であれば、この雑誌を使用する。英語を何のために学ぶのか、ということを考えると、この雑誌は教科書以上である。

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2006年12月19日

全身全景 大竹伸朗−3

大竹伸朗の作品を見た、ヤマタカEYEの記述(P.82)もCOOL。

・・凄腕の鍼灸師にぶっとい鍼で全身のツボを刺されて動けなくなる感じ。最大の効果を引き出すから、ずっと興奮状態でした。
大竹さんの絵は、音が聞こえる感じ。見るとなにかしら、勝手に音に変換しているんです。突発的で偶発的で、聴いたことのない音楽。実際、大竹さんの作品はパンクやニューウェイブを連想されるものだけど・・・・



そう、作品を見て音楽を感じられるものはどんどん見たい。

『芸術手帖』で大竹氏の作品を見る限りでは、
工業的なARTは、英国で言うならSir Anthony Caroや、
ANISH KAPOORの影響も意識的か無意識かはわからないが、大竹氏は受けていると思う。宮崎駿監督の映画も好きなんじゃないかと、勝手に感じた。
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2006年12月18日

全身全景 大竹伸朗−2

大竹伸朗、本人の記述が、また面白い。
私も経験は浅いけど、時々、同じこと感じてたかも。
大竹氏の表現のうまさ、的確さにもブラボー。

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2006年12月17日

全身全景 大竹伸朗−1

『美術手帖』 全身全景 大竹伸朗を読んだ。

大竹伸朗が現代美術館で展覧会を開催していた。開催したというより、一時的に大々的に移り住んだ、みたいな感じ。彼の歴史で埋め尽くした。

実際、私はFIX MIX MAX! の大竹氏による写真しか知らないが、この『美術手帖』 vol.58は面白かった。

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2006年11月05日

『苔のむすまで』−5

P.16で書かれている、フォトグラファーの杉本氏の視点を抜粋。
建築について最近見聞きしたことの集大成的な感を受ける。


建築家は仕事を始めるに当たって、まずその建築のあるべき理想の姿を思い浮かべる。

次第にプランが出来、図面が描きあがり、工事がはじまるころには、政治資金規正法のように当初の理想はザルからこぼれ落ちてします。

理想が現実と妥協した結果が、建築物なのだ。

どれくらい現実との妥協に対抗できるかが、一流の建築家であることの証となる。言い換えれば、建築物は建築の墓なのだ。

その建築の墓に、無限大の倍の焦点を当ててみると、死んでも死に切れなかった建築の魂が写っていることがある。

私はシカゴの現代美術館で、建築念写写真展を開催した。



英語で杉本 博司氏について書いてあるサイト(画像あり) 他
http://www.hirshhorn.si.edu/sugimoto/bio.html


テキサス州ヒューストン大学建築学部 教授 Peter Jay Zweig氏が、杉本氏の作品そのものから杉本氏のコンセプトを感じたのか、それとも、写真そのものに魅かれたのか、それとも、そのコンセプトに魅かれたのか、是非、今度伺いたい。

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2006年11月04日

『苔のむすまで』−4

杉本博司氏は海の絵を撮っている。。
深みのある、その写真を舞台で使用したい。

North-Pacific-Ocean,-Ohkuro.jpg


South-Pacific-Ocean,-Tearai.jpg


杉本博司氏は「能」についても話している。
これについては今度ゆっくり自分の発想をまとめて書きたい。

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2006年11月03日

『苔のむすまで』−3

杉本 博司氏はロンドンのマダムタッソーの蝋人形を撮っている。
生きているように見える、写真を。

6wives-of-HenryVII.jpgかの有名なHENRY8世とその6人の妻達を。
← 左記は、クリックして拡大できる。
 
左が、杉本氏の写真。
アン・ブーリン(右端)はマダムタッソーで一般人が撮影したものらしい。

その他は、現存する肖像画。

現存する肖像画の多くが逆向きであったのを、見比べるために杉本氏と同じ向きで、モノトーンに加工する。なぜなら、ファッションの詳細も見比べられるから。当時、今と同じように10年も異なれば、ファッションも大きく違い、王妃から当時の流行が見れる。
 
Winchcombeという場所のSudeley Castle & Garden(最後の妻のお墓もある)では、HENRY8世についてのTV放映の際に作られた6人の王妃の衣装のコピーも展示してあり、そこではそのファッションの違いも説明していた。

参考までに、TATE Britainでホルバインの展覧会開催中。見ごたえある!


杉本氏の解説 P.106〜116

キャサリン・オブ・アラゴン。母はカスティーリャ王国の女王、父はアラゴン王の国王。スペインはイギリスに較べて、はるかに強国で得あった。
ブラディーメアリの母。


Anne-Boleyn,-1999.jpg王妃付きの女官、黒い瞳の美少女アン・ブリン
ヘンリー王からの一通。

「身も心も私に下さるのであればこれからも今までと代わらぬあなたの忠実な僕として他の女は捨てると約束いたします。過去も現在も未来もあなたのものである男より。」
 (*)

30代の後半の王様の恋心に火をつけるだけつけ、決して最後の一線を越えなかった上手の20代のアン。

1533年4月(王、41歳)、ヘンリー王とアン・ブリンとの結婚が公表される。エリザベス女王が6月に生まれる。



前からそうは思っていたけど、あらためて・・・・HENRY8世は。。
あんなこと(*)言って、その後あっさり処刑しちゃう人。。

ジェーン・シーモアはつつしみ深い正確でアンとは正反対である。
王はついに私はアンに魔法をかけられて誘惑されたのだと言いはじめた。
1536年には公開処刑。
ジェーン・シーモアが王妃となるのはアン・ブリンの処刑からたったの11日後である。彼女は従順でヘンリー王の最も愛した妻と言われている。そして王の最も欲していたエドワード皇太子を生んだ。息子の誕生から12日後、王妃となって1年半後あっけなく産褥熱で世を去ってしまう。

お見合い写真などない時代、王は王室付きの肖像画家ホルバインを送ってアンナの絵を描かせる。困ったことにホルバインは少し絵がうますぎたのだ。実際の妃より美人に描いてしまったのだ。この絵を見て王の心は動いた。王は絵に恋したのだ。いざ公女がイギリスに到着して王は失望するのだが時すでに遅し。ヘンリーは彼女をフランドルの雌ロバと呼んだという。彼女には王の妹という身分が与えられて、体よく王室の床から退けられてしまった。



5人目のキャサリン・ハワードは王よりも30歳も年下の天真爛漫な小娘で、奇しくもアン・プリンとは従姉妹どうしだった。そしてアン・ブリンと同じように王を愛に溺れさせた。しかし彼女には貞操観念が希薄だった。・・・キャサリン・ハワードもアン・ブリンと同じ運命を辿ることになった。今度は2人の若者も道づれにして。

キャサリン・ハワードが処刑された時、すでに王は50歳に近かった。健康状態は芳しくなく若い頃あれほど美男だった王子は今や巨漢と言えるほど太っていた。6番目の妻にはなり手がなかった。どの貴族もみな自分の娘が本当に処女であるかどうか自身が持てなかったし、もしそうだとしてもどんな言いがかりをつけられるかわからない。そうなったら一族は破滅するのだ。結局処女である心配のないラティマー卿未亡人のキャサリン・パーが選ばれた。・・・王にとって今一番必要なのは看護婦のような妻だった。・・


是非、実際の写真を見たい。どれほど、生身の人間に見えるかどうかを。。
マダムタッソーには14年前に訪れているが、その類似性に驚くもののオーラはなかったように思う。杉本氏の写真からはオーラが伝わりそうである。アートという区分ではない蝋人形を、写真に撮ることで、アート化する/アートになる、ということにも興味がある。

タグ:Tate
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2006年11月02日

『苔のむすまで』−2

杉本氏はいろんな作品を出している。
The Series of Diorama;‘Earliest Human Relatives’1994 は日清のカップラーメンのCMのようでもある。
これにまつわる杉本氏の話は、もっと読みたい気にさせる。

◆愛の起源◆ P.24〜28には。。

男と女。この思春期以後、人の一生の大半を惑わしつづける性別はどのようにして始まったのであろうか?世界各地で花咲いた古代文明は、その神話の中でふたつの性別がある理由を以下のように説明している。

バビロニアの神話では、生命は自ら現れたとされ、水は異なるふたつの状態――アプスーという淡水男性原理とティアマトという塩水女性原理から生まれたとされ、この2種の水の融合によってムンムと呼ばれる精神と理性を持った生命が生まれたと言われている。これは羊水の中に浮かぶ胎児のようなイメージである。

インドのウパンシャッド哲学では、孤独から逃れようとした神が自らの身を半分に分け、男と女とした、そして人類はそこから生まれたとされている。

ギリシア神話ではどうであろうか。プラトンの『饗宴』の中で出てくる話によれば、人間ははじめ両性愚有であったという。人間は球形で背中合わせに顔ふたつ、手足4本、そして一組の性器を備えていた。その形の故に、転がることですこぶる速く動きまわることが出来たが、その無遠慮な行動がゼウスの怒りに触れ、まるで「髪の毛で卵でも着るように」真っ二つに切り裂かれてしまった。アポロンではこの切り離された男女の形を、もう少し見栄えがするようにと委託され、今のような人間の姿になったとされている。このとき以来、この半身となった人間は、他の半身と結びこうとすべく運命付けられたのであった。

・・・

人類は狩の技術を手に入れたことで、毛皮を纏うようになる。ファッションの始まりである。現在でもファッション界での毛皮の地位は高い。毛皮は体温の保持に好都合である。毛皮を手に入れた人類は、次第に自身の体毛を薄くしていった。そして、この季節を越えた体温の保持能力の獲得が発情の日常化へと結びついたのではないだろうか。

・・・

人類はそういうわけにはいかなかった。苦楽を共にして生活をしてきた愛する人が、この代から消えてしまう。心には強い空虚感が残る。そして死んでしまった人を埋めて目印の墓標を立てる。その印を見るたびにその人の記憶が蘇り、今はいない「今」と、その人が生きていたあのころとの差が何となく意識される。時間の意識は記憶と結びつき、やがて因果を知るようになる。


Cro-Magnon.1994.jpg

The Series of Diorama の一つの作品、Cro Magnon, 1994 である。

個人的に、この写真は、dwellingプロジェクトで5人組みでinstalltiaonをした学校の授業を思い出す。このプロジェクトは授業の一番初めに行なわれ、それは興味深いものであったが、智恵を出して作ろうとする物より、自然に調和したこの家の方が美しく、心引くこともあるなぁ。。とこの写真を見て思う。
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2006年11月01日

『苔のむすまで』−1

10月初めに、テキサス州ヒューストン大学建築学部 教授 Peter Jay Zweig氏による『アメリカにおける建築界の動向と産学の結びつき』−−大学での建築研究が どう実践で活かされ、企業もかかわっているか−−という非常に面白い講義が豊平館、そして、北海道職業能力開発大学校、札幌市立大学、北海道工業大学で行なわれた。

Peter Jay Zweig氏は物静かな柔らかい方で、でも情熱の塊の人。

幸運なことにZweig夫妻と同行することができ、美唄アルテピァツァも一緒に訪れたのだが、その時も他の時も話題に出たZweig夫婦が好きなフォトグラファー杉本 博司氏について今日は書きたい。
Zweig夫婦は杉本氏の写真を持って家に飾っているそうだ。


森美術館での展覧会を見た人もいると思うが、HIROSHI SUGIMOTO 杉本 博司 「時間の終わり」展 公式カタログと、『苔のむすまで time exposed 』より・・・・・・

今日の今様.jpg


個人的に杉本氏はフォトグラファーというより美術評論家のようだと思った。そして、『苔のむすまで』は私に、日本の歴史への興味と、新しい発想を与えてくれた。

方丈記からの引用 P.11 
「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとヾまりたる例(ためし)なし。世の中にある人と栖(すみか)と、またかくのごとし」


方丈記を読みたくなった。

P.126〜129
・・・1970年から4年間、ロサンジェルスのアートスクールで写真を学びながら、私は当時カリフォルニアのカウンターカルチャーのただ中にいた。・・・私が日本人であるとわかると「悟り」とは何かと尋ねられる。私は仕方がないので以前、禅問答集で読んだことがある一句を言うことにしていた。曰く、

「死にはせず、どこにも行かず、ここにおる。尋ねはするな、ものは言わぬぞ」

 私にも日本人としての面子がある。日本文化について聞かれたことにはそれなりの答えを与えなければならない。私は必要にかられて大急ぎで各種仏典を読む羽目になった。アメリカでは、特に先達として鈴木大拙(だいせつ)老師の著作が広く英文で読まれていた。私は英語で書かれた『禅と日本文化』を、和訳とともに読んでみた。・・・

 武田信玄の禅の師は、甲斐国恵林寺(かいのくに えりんじ)の快川(かいせん)和尚であった。信玄の死後、その禅院に逃げ込んだ敵兵を引き渡すのを拒んで、寺は織田信長の兵に包囲された。快川とその衆徒は山門の楼上に立てこもり、織田軍は火をはなった。焔の中で禅僧たちは仏像の前に結跏趺坐(けっかふざ)した。和尚は平素の通り説教を与えていった。

「我々は今、焔に囲まれている。この危機に臨んで諸子はいかに達磨の禅輪を転ぜんとするか。各々一句を言え」

そこで銘銘自分の悟りに応じて自己表現した。みなが終わった時、和尚は自分の意見を述べた。そしてすべての者は、火定三昧(かじょうざんまい)に入った。和尚の偈(げ)はこうである。

「安禅は必ずしも山水をもちいず。心頭を滅却すれば火自ら涼し」
(鈴木大拙『禅と日本文化』岩波新書)


唸る文の引用である。

日本を離れていると、日本社会の仕来り鈍くなり、リハビリが必要となるが、一方、外国人から思わぬ質問を受けて、あらためて日本の歴史・文化を真剣に振り返ることになると、私も思った。
私が受けた質問で一番印象的なのは「なぜ、千利休は自害しなければいけなかったのか。」


−− 杉本氏の経歴 −−
昭和23年、米軍占領下の東京で生まれ、幼稚園は「とんがり幼稚園」:正式名日本キリスト教団下谷教会共愛幼稚園」。
中学は立教中学(キリスト教、聖公会という教派→別名 英国国教会)。聖歌隊の一員で、バルコニーの高みから賛美歌を歌っていると自己陶酔に陥ってしまい、竹田チェプレンのお説教はほとんど耳を素通りしていった杉本氏である。
−−−−−−−−−−−−

このような経歴がありつつ、『苔のむすまで』での日本の歴史と美術への探求の一部が書かれ、そして写真は非常に興味深い。

そして、この写真は素敵。是非、本物が見たい。
Sea-of-Buddha.jpg
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2006年10月01日

アルテピアッツァ美唄

アルテピアッツァ美唄は、廃校になった小学校を利用して芸術文化交流施設に再生されている。

北海道美唄市生まれで、東京芸術大学大学院彫刻科修了後イタリアで現在アトリエを持つ、
sculptor、安田侃氏の作品が屋内、屋外に多く展示されている。
安田侃氏のofficial site

ここは、旧体育館。天井の鉄筋の骨組み(構造)は日本で珍しいタイプだそう。
ピアノリサイタルなどが開かれている。
安田侃氏の作品は、写真で見るより、実際に触れてみると何かを感じる。
大理石のこれらの作品は、大理石の触れた感触と、この不思議な形に親近感を感じる。
kan-2.jpg


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この下の作品の穴に手を入れると、中が空洞で、壁面がなめらかなギザギザになっている。この感触も、また不思議である。
kan-3.jpg



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2006年09月02日

原田 泰治

Glasgow大学の美術史のコースの一つに「江戸 JAPAN」があった。意外にも多くの学生が選択し、私は聴講していた。
別の視点から、日本の美術の説明と、西洋美術への多大な影響を説明するんだなぁ・・とあれこれ感じたことはあった。

以前も書いたが、浮世絵と漫画が強調されているように思えた。
江戸の美術の影響が現代の漫画に反映している、と。
多くの生徒にとって、「現代の日本の美術=漫画」をいうのは腑に落ちず、現代の芸術家が多少、話題になってもいいのに。。とも思った。

個人的には、「原田 泰治」や「片岡 鶴太郎」の作品を見てもらいたい、と考えていた。片岡鶴太郎の作品は、工芸に近い気もする。日本人がほっとしたり、昔懐かしさを感じる絵が、もっと海外に進出する機会に携わりたいとも考えた。


20/10/2006 wrote:

アメリカでの展覧会等は実は知っていました。
英国やイタリアで見れたら、と思ったのです。

展覧会だけではなく、公共図書館や大学の図書館に展覧会カタログがせめて置いてあれば。。。原田泰治「日本の歌 百選」は素敵な本です。
日本の美術に興味のある外国の学生が見る機会があればなぁ、と。
Girl.jpg 唄付きで。訳付きで。
最近の現代Artistsの展覧会ではヘッドフォン付き(もちろん、きれい)があり、耳と眼で感じる内容もあります。

週に一度、6時から美術史部の会があって毎週レクチャーもあったのですが、そこでも紹介したいなぁ。。と考えても資料がない。

大学の図書館の膨大な本の中には、子供用の本のコーナーもあるのです。
難しい本ばかりではないのです。
そのコーナーの一部には、ピカソやゴッホの子供用の本もあります。
ここに、たくさん子供達が登場する原田泰治さんの絵本があってもいいのに!
例えば、「海を見る旅」や「花を見る旅」など。

FloatingDolls.jpg総合大学には語学を学ぶための施設やセンターがあります。
そこでは卒業後、JET Programを使用して日本に行くことを考えている学生もいて、彼らは日本全国、都会から田舎までに散らばり個人交流をします。そこに、アメリカで使用された原田泰治氏の英語訳付きの本があればなぁ!と。
なぜなら、美術に興味はなくても、日本に興味を持つ学生も見ることができるのです。

彼らが日本を訪れ、もし「原田泰治」さんの本を見て来た、と言い、日本人側が「原田泰治」による作品を知らない場合、その日本人は外国の人が言ったことが余韻として頭に残り、調べるかもしれない。日本人の芸術家が後世に伝わる機会が増えるかもしれない。

Koinobori.jpg大きなイベントでの紹介だけでなく、一般の人対象で、生活の一部として絵を眺めることなど、底辺から根付くARTのあり方を原田氏もまた望んでいらっしゃると思います。

タペストリーのような絵が原田泰治氏の絵です。紹介方法は紙だけではありません。まだまだ可能性はあります。

ピカソやゴッホの絵は現在インターネットを通して沢山見れます。
原田泰治あるいはHarada Taiziでの検索結果と、それらを比較してみてください。
欧州の現代Artists達のインタヴュー、作品だけでなく、批評や論文もネットでは多く公表されています。

もちろん、受ける気持ちや印象は、本物とは雲泥の差があります。それでも、その絵の雰囲気を伝えるのには時にはイメージが必要です。全く、それを知らない人へは「百聞は一見にしかず」の通り、イメージの影響力は多大です。

原田泰治さんの実力に比べ、ネットでの内容が少なすぎます。
原田泰治さんの絵は、日本のある時代や文化、習慣を伝える作品です。

著作権の問題もあると思いますが。。。

posted by mandelin-coffee at 10:29| Comment(1) | TrackBack(1) | ART 日本発信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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