2007年01月15日

LONDON

パトカーの音は煩い。道路もバス、TUBEは汚い。天気も悪い。空は薄い。
意外に素敵な場所は狭い。差別もある。テロもある。水は汚く最悪。。。。
 国会議事堂-1.jpg  
    随分、嫌な印象のあったLONDONだが、
     先日、
     TVで移った国会議事堂を見て、
     「帰りたい。」と言ってしまった。

     「行きたい。」では、ない。

Big Ben-1.jpg 
    I wanna go there. ではなく、
    限りなく
    I am coming.であった。

  
   そこには、渦巻くエネルギー、
   それによる自由さ(不自由さも伴うが)、
   様々な考え、様々な共有。

ロンドン橋-1.jpg
    あー! I wanna come back.
 
   とは言え、
   あの節約食はもう食べたくないが。。。
   (^−^)。

あらためて考えてみると、美術館の中でこもっていたい。
でも、この都市では本格的に住むなら、浄水器と沢山のお金が必要。
VISAもね。。
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2007年01月02日

賀春 !

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2006年10月21日

BBCのサイトを見て、私も同じようなことをしたくなる。

苦味のコーヒーをたっぷり飲みながら和っぽい雰囲気で過ごすのもいい。
マンデリン大好き♪
Let'sTalk.jpg



このカップは愛媛に8年?くらい前に訪れたときに買ったもの。
その頃、陶芸も趣味で習い、札幌近郊の作家の作品も集めていた。
母が昔から砥部焼きが好きだったこともあり、自分で砥部焼きの食器を選んできるときは夢中だった。
Tea Loverでもあるので、このコップは大活躍。(私が日本にいるときだけ。)
It'sMe-1.jpg



来年の留学に向け、今できることを、と、今の私はこんな感じ。
日本で紹介されている記事の内容と、英語版を比較することも。。。
It'sMe.jpg


* 眼鏡を探すのに眼鏡が必要な近眼である。。。。
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2006年09月20日

1700年前と思えない話

−− 「キリストの勝利」 塩野七生 著 P.151.152.153 抜粋 −−

・・・支配者である新任者の対応も二つに分かれる。

第一は、それまでの既得権層を刺激しないようにしながら、獲得したばかりの権力基盤を固めるやり方。これは言い換えれば妥協だから、今後も、改革らしい改革には手をつけないことにつながりやすい。

第二は、権力をにぎるやただちに、既得権層も非既得権層もいったい何が成されているのかわからない早さで、次々と政策を打ち出し実行に移すやり方である。

改革がむずかしいのは、既得権層はそれをやられては損になることがすぐわかるので激しく抵抗するが、改革で利益を得るはずの非既得権層も、何分新しいこととて何がどうトクするのかがわからず、今のところは支持しないで様子を見るか、支持したとしても生ぬるい支持しか与えないからである。

だから、まるで眼つぶしでもあるかのように、早々に改革を、しかも次々に打ち出すのは、何よりもまず既得権層の反対を押さえ込むためなのだ。

官僚機構は、放っておくだけで肥大化する。それは彼らが自己保存を最優先するからで、他の世界とはちがって官僚の世界では、自己の歩算も自己の能力の向上で実現するのではなく、周辺に同類、言い換えれば“寄生虫”を増やしていくことで実現するのが彼らのやり方だ。

ゆえに彼らに自己改革力を求めるくらい、期待はずれに終わることもない。官僚機構の改革は、官僚たちを「強制して服従させる力」を持った権力者にしかやれないことなのである。


ラベル:塩野 七生
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2006年09月19日

キリスト教の戦略

ヨーロッパを旅すると、聖人や聖遺物(遺骨の一部etc..)の多さに驚かされたことはないだろうか?

・・・ なにしろローマ時代の神々は、最盛期には30万もいたといわれるくらいで数が多い。・・・

四世紀末以降は、文学や美術で親しまれてきたギリシアやローマの神々は、その全員が、「アウトロー」(無法者)になってしまったのである。アウトローになった以上は、警察がひっとらえてもかまわない存在、ということであった。・・・・・

人間は、何かにすがりたいから宗教を求める。

だが、すがりたい想いはなぜか、唯一神にお願いするのははばかられるような、身辺の雑事である場合が少なくない。

昔は、夫婦喧嘩にでさえも守護神がいて、その神に祈願するのでこと足りたのだが、一神教の世の中になった今では、夫婦喧嘩を担当していた女神ヴィリプラカもアウトローの一人になってしまっている。

と言って、唯一最高の神や、その子イエス・キリストにお願いするのも気がひける。誰か他に、もう少し大仰でなく気軽にすがれる守護者はいないものか・

人々の素朴で健全なこの願望を、アンブロシウス司教は汲み上げる方策を考えついたのであった。

とはいえ、キリスト教では神は一人しか認めていない。ゆえに昔の神々を復活させることはできない以上、新たな守護者を見つける必要があった。

迫害時代の殉教者への信仰を認めはしたのだが、ローマ皇帝たちによるキリスト教弾圧は散発的であったし、しかも徹底していなかった。結ういつの例外はディオクレティアヌス帝による弾圧だが、それとて3、4年しかつづかなかったのである。ゆえに、殉教者を全員集めても、民衆の願望を満たすには不十分であったのだ。

それで、司教アンブロシウスが考えついたのが、聖人を大量に生産することである。とはいえ、聖人への昇格には教会の認可が必要であり、その認定基準は、キリスト教徒がモデルにするにふさわしい人、であることはもちろんだった。

一神教の世界での救いの対象であるからには、多神教時代のような「守護神」ではなく、「守護聖人」となる。それでもアンブロシウスは、一神教は守りながら民衆の素朴な願望も満足させるという離れ業を、見事なまでに成功させたのであった。

時代が過ぎるにつれて、聖人の数も増えてくる。近現代ともなると、寝取られ男までが守護聖人をもつという有様で、それもあて増えに増え、一年のすべての人聖人たちに祝日として割り当てていたのでは足りなくなってしまった。それで、一年のうちの一日を、割り当てからはずれたすべての聖人の祝祭日に決めたのだ。日本語で「万聖節」と訳されている、11月1日がその日である。

−−「キリストの勝利」 塩野七生 著 P.288.303-304 抜粋 −− 


余談だが、オランダで、17世紀半ば、画家のギルドの守護聖人はSt.Lukeであり、650〜700人が所属し、これは住人2、3千人に一人の画家がいた計算となる。 


「キリストの勝利」について
ラベル:塩野 七生 宗教
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2006年09月18日

宗教とは。。

私には大事な外国人男性が二人いる。
一人は、生まれたときからカトリック教徒。
一人は、生まれたときからイスラム教徒。

二人とも一神教である。両方の男性とも家族への思いやりや優しさは、日本人が示す以上に強い。

二人を身近に見ていたので、キリスト教とイスラム教の信仰心の利用から生まれる諍いを悲しく思う。

二人とも素敵な男性である。



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ラベル:塩野 七生 宗教
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2006年09月14日

TOLERANCE

「Webcam 買ったんだ!神にかけて誓うよ。まずはインストールしないといけないから今は使えないけど。だから、今日Webcam買ってね。明日一緒に使おう!」って言われた。

いくら生まれたときから自動的にカトリック教で、現在はそれほど信仰心がないにしても、イタリア人とのチャットで「神にかけて誓う。」って言われた時は、私はその表現方法を使わないなぁ、と思った。




一神教と多神教の違いを tolerance の点から今日は見てみたい。
(「キリストの勝利」からの引用)
神を信じないから興味がない、と思わず、
一つの絶対なるもの(人)を信じるか、多用な信じ方をするかの違いである。
そして、これは何も2000年前だけでなく、現在の戦争の源で利用されていることである。

Statuette-of-Jupiter.jpg 
<The Getty Villa Malibu>
Statuette of Jupiter
Unknown
Gallo-Roman, A.D. 100 - 200
Bronze



塩野 七生 著 
「キリストの勝利」 P.158〜159

ラテン語の「トレランティア」(tolerantia)を語源にする
英語のTOLERANCE(トレランス)でも
イタリア語のトレタンツァでも、日本語訳は「寛容」とするしかないが、
この言葉には、自分とはちがう考えを持つ人でも認め受け容れる、という意味がある。
この面でも、一神教とのちがいは明白だ。


一神教は、キリスト教やユダヤ教や、その後に現れるイスラム教のように、唯一神しか認めないことろに特色があった。モーゼの「十戒」の第一項は、「あなたはわたしのほかに、何ものをも神としてはならない」となっている。 

多神教のほうだが、日本語の辞書には「複数の神の存在を信じて、礼拝する宗教」としか説明していないが、これでは誤解を生みやすい。

古代の多神教とたちとて、あるとされていた神々のすべてを信じていたわけではないのである。ユリウス・カエサルもアウグストゥスも、哲学者のキケロも歴史化のタキトゥスも、ギリシア・ローマの神々や自分の守護神は信仰していたろうが、ユダヤやガリアやゲルマンの神々への信仰はなかった。


だが、それを信じている人の信仰心は尊重したのである
お稲荷さんを祭った神社の前を通ってもお参りはしないが、その前で不敬な振舞いはしないということだ。この種の寛容とは、多種多様な考えや生活習慣をもつ人間がともに生きていくうえでの智恵の一つなのだが(もう一つには法律がある)、それが失われつつあるのを見かねての、ユリアヌス皇帝(副帝355−,正帝361−363)が発した「全面的な寛容」であったのだった。

P.172
人間を導くのが神ではなく、人間を助けるのが神々の役割である多神教では、神の教えなるもの、つまり教理が初めから存在しない。それゆえに、教理を解釈する必要もないから、その解釈を調整し統一し、それを信者に伝える人の存在も必要ではない。ローマには建国の初めから専業の祭司階級が存在しなかったが、それは、多神教徒であるローマ人の精神に忠実であったまでなのだ。そしてこれこそが、ローマ人の文明の真髄なのである。キリスト教に対抗するためとはいえ、専業の祭司階級というローマ伝来の精神に反したことを強行しても、根付くはずはなかったのであった。

P.296
・・・・キリスト教には信仰を捨てよと強いられても拒絶し、殉教を選ぶ者が多かったのに、ギリシア・ローマの宗教には殉教者が出なかったのはなぜか、という問題である。

これに関しては、異教側の信仰心の弱さが要因だとする研究者は少なくない。だが、私には、それだけではないような気がしている。問題は信仰心の強弱ではなく、信仰の対象である宗教の性質のちがいにあるのではないかと思っているのだ。 

この性質のちがいを簡単に言えば、次のようになる。


一神教とは、自分が信じているのは正しい教えであるから、他の人もそれを信じるべき、とする考えに立つ。

反対に多神教は、自分は信じてはいないが、信じている人がいる以上、自分もその人が信じる教えの存在理由は認める、とする考え方である。

そして殉教は、文字どおり、自分の信ずる教えに殉ずる行為であって、そのためには死をも辞さないとする決意である。


ラベル:宗教 塩野 七生
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2006年08月03日

美術学校を選ぶ時の参考として

私が2005年に卒業したCity & Guilds of London Art Schoolの卒業生には、女王を昨年描いたRolf Harrisもいるが、年々指導人や、指導方法が変化している。
(参照:以前記事に書いた「エリザベス2世の肖像画」)

大学卒業生の卒業生展での作品からもわかるように、“Contemporary art”の傾向に沿っていて、基本的なことを一から学ぶことは不可能に近い。
アイデアや見えないもの(感情)をどう形に表すか、の訓練学校である。

ゆえに、アイデアで行き詰まり、技術も身につけられずに卒業する生徒も多いのは、英国、どの美術学校にも言える。
(現在、入学を検討している人には、卒業展に足を向けることをお薦めする。)

とは言え、City & Guilds of London Art Schoolは、英国の他の美術学校よりは伝統的な技術も学べる。学校の規模は小さいが、その分、伸び伸びと作成は可能。

なぜ、伝統性を学ぶ機会があるか、というと、Carvingコース(木と石のそれぞれ、彫刻&彫像)があることと、Conservationコース(過去の芸術家が作った作品を、できる範囲で修復したり、掃除することで作品が作られた時の状態をキープすることを化学的にも実践的にも学ぶ科)があるから。
Carving コース : Ornamental Wood Carving and Gilding Diploma
             と Architectural Stone Carving Diploma
Conservation コース:The Conservation Studies course

大学院のConservationコースに所属していたNovaは、オーストラリア出身の素敵な女性である。彼女の作成しているサイト、NovaConservationでは、具体的にNovaがこの学校で学んだことも見れる。Novaはきちんと記録をとり、まとめ、クラスでも群を抜いて切れる。

Conservator とは、修復・復元士という定義では収まらない職業で、博物館や美術館で非常に重要な役割を果たしているが、Nova以上に仕事をこなせるようになるには、卒業しても経験を積む必要性がある。Novaも基礎技術はオーストラリアの大学で学んでいる。

ゆえに、過去の芸術家の技術がいかに優れていたかが身にしみるのである。痛感する。

不思議なことは、学校が小さいにもかかわらず、3つのコース、Fine Art、Carving、Conservationの学生の作品作成ベースの交流が極端に少ないことである。各課で教師から学ぶことの重複性は低いが、3つのコースは非常に関連性が高く、お互い吸収すべきことも多いはずだが、技術交換が見えない。

小さいだけに、興味があり、時間を作れるなら、ある程度他の科への参加も可能である。でも、実際、それをする学生は少ない。
ロンドンには豊富な美術館・ギャラリーがあるが、自ら訪れる学生が少ないのも、いつも疑問だった。。

個人論では、英国できちんとした基礎を学びたい人は、学校選びが大変であろう、ということ。彫りは、西洋と日本では、道具から道具の使い方まで全く異なる上、日本の技術のほうが上なので、日本で学ぶ方がいいであろう。

学校選びには、卒業生・在学生の作品を見、多くの場合、学生が作品の近くにいるので、話をすることが大事だ。私は自分が欲していたことは学べず、違うことを吸収した。そして、これも非常に勉強になったことではあったが。。
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2006年08月01日

Good Night and Good Luck

ジョージ・クルーニー(George Clooney)は、‘OCEAN12’のゆらゆらっとしたイメージしかなく、こんなシリアスな映画を製作していたことは、母から言われるまで知らなかった。

公式WEB SITEがクール。
Good Night and Good Luck
http://wip.warnerbros.com/goodnightgoodluck/index1.html
(*)

映画好きの母は、イタリア映画の「輝ける青春」を三度も見ていて、いつも絶賛している。
http://www.kagayakeru.net/
英語ではThe Best of Youth、
イタリア語の本題は La Meglio Gioventu。
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2006年07月28日

夏と言えば。。花火。

28.07.hanabi-1.jpg


28.07.hanabi.jpg



英国で、花火は秋や冬だが、夏の花火が私は好き。
これは、札幌市の豊平川での花火の写真。
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2006年07月22日

The Road has no beginning...

私の母の友人は、スペインのサンテイアゴ・コンポステーラまでの巡礼路を800km旦那様と歩かれている。その出発前に読まれた本‘The Pilgrimage Road to Santiago ’-- the complete cultural handbook から詩を紹介されている。その素敵な詩。

The Road has no beginning,

and the Road has no end.

The towns they run together

and they run apart again.

Right now is the only moment,

and Time is the time to go

and make yourself a pilgrim

on the Road to Santiago



聞き覚えがあるような気もするが、現在の自分の状況にさらに重複する。
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2006年07月10日

優先順位

時に、無神経に「お金持っているね。」とか「貯金たくさんしていたの?」と、久しぶりの挨拶も間々ならないうちに 聞く人がいる。Disgusting!

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2006年07月02日

リス

ロンドンのリスの写真。
Kensington Gardens にて。

squirrel-1.jpg  squirrel-2.jpg

↓ クリックすると拡大画像。
squirrel-3.jpg       squirrel-4.jpg


(*) グラスゴーのリスはこちら から



ラベル:リス
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2006年05月13日

鳥の目 虫の目

母からの手紙から(何かの記事をGlasgowに送ってくれた)

鳥の目 (遠視型)
 作家で言えば 司馬遼太郎
時代をリードする人物にスポット。
時代を先取りするようにスケールが大きく描かれる。
そのパワーに魅せられる人(見せる)も多い。(特に時代の転換期)


虫の目 (近視型)
 作家で言えば 山本周五郎
時代の出来事よりも人物そのものにスポットをあてて、その人物の悲しみ、想い、名もない人間の生き方に視点を当てる。


深く染みた。
ARTやArtistsについても これは 言える。
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2006年04月28日

鉄腕アトム

鉄腕アトムが朝7時から放映されている。
↑ <広告自動記載を削除したので、黄色(with下線)は私が選んだ or 記事に関連のサイトのジャンプします。

*)時間を見つけたときに、記事をまとめて書いて、日付に関係なく散らばしています。
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2006年04月07日

なぜ、美術が好きなのか?

美術を見ること創ることは、私にとってガソリンとエンジンである。

Billy Elliotが バレエは自分にとってfireであり、electricityである。そして、踊ることは、
a sort of disappear であると映画の最後に言っている。その感覚に共感する。

生き物ではないART(paintingやsculpture)が 見る側に語りかけ、見る側の経験がARTに反射し、コミュニュケーションをとる、そのARTの素晴らしさに  特に魅了される。Artistsのインスピレーションの源を探求するのも興味深い。

スキーなどの趣味は筋肉の限界があり、好きでも追求途中で行き止まりを感じるが、美術は、学んでも学んでも奥が深く、現在も多くのArtistsが作成し続け、自分もideaが浮かぶ この心の中で湧き出る感覚がたまらない。刺激と癒しの両方のエネルギーをもたらす美術に将来関わっていきたい。

旅中は基本的にノートに記録を付けていた。
時々葉書に書き込んでもいた。
piccasso-luzern.jpg

 
Picassoの作品に引かれ、あちこち巡って周った時、出会った素敵な写真。
ジャクリーンからバレエを習っているPicasso。picasso-ball.jpg

現在は 時間の関係で、短く、放浪のような文を書き綴っていますが、ご了承ください。

posted by mandelin-coffee at 08:31| Comment(0) | TrackBack(0) | つつ うらうら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月28日

外来語 * カタカナ

日本を離れていると、日本の良さや日本語の味わい深さをしみじみ感じる。

でも、一つだけ「なんとか、ならないかなぁ。。」と思うこと。
カタカナの使用。
出版される本での外来語が横書きの場合、英語にしてほしい。
最低限、英語表記を()で加えてほしい。そうなると文章が長くなって読みにくいかなぁ。。


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2006年01月16日

高校生

なぜ数学を習うのか?
なぜ国語を? 英語を? 社会(地理、日本史、世界歴史、倫理哲学。。)?
なぜ科学(物理、生物、化学。。。)を? 

私のIDEAを なんとなくグラフにするなら、こんな感じ。

COLOUR1.jpg


グラフのように、各科目は色のように個性がある。でも、フュージョンする。
例えば、科学を知っていると、卓越したデザイナーにもなれる。
現在、Internetを使用でき、情報量は膨大である。(偽りのない情報を得る必要がある)  
好きな色を自分で知るには、いろんな色があることを知ることが先。

5大 栄養素の円グラフを思い出す。バランスのとれた勉強が必要。
そして 知識は複雑に 私たちの頭を通して栄養源となる。
勉強って噛めば噛むほど味の出るスルメみたい。
脂質や糖分の取りすぎが体に悪いのとは違うけれど、バランスは何でも基礎。
専門分野への道や興味の発見を見つけるのかもしれないが、まず扉を開け、ある程度知らないと深い興味を知るチャンスもない。
もちろん、5でなくていい。多角形。

数学は−5:−9になると異次元空間で見えない世界だが、方程式に基づき『答え』がある。
世の中、正しい答えの出ないことが多い中、答えができるのでスッキリする科目。
科学の基礎でもある。確率を習得しておけば、クジやギャンブルでの損が少ない。

科学は 実践的に生活を便利に快適にする、未知なる世界を知る科目。
携帯電話も冷蔵庫も科学なしでは生まれない。
多かれ少なかれ、化粧品や自分の肌に関心のない女性はいない。でも、化学を選択する女性は少ない。化学を選択する女性が増えれば、もっと革命的な化粧品が生まれるかも!?

国語。文学について話すなら、文章の美しさを古典、現代、漢文から学ぶ。
文章を、土台から、建物を建てるように築く。(文章構成と言ってしまうと親しみが沸かない。)
世界で日本語を使う国は日本だけ。誇りのある授業。
文章を読むだけで、その情景が頭の中に広がる内容を書ける人が いつ日本では現れたのか?フランスでは、19世紀の終わりに印象派(MONETなど)に刺激されて、ZOLAという作家が現れた。なぜ、Shakespeareは英国で有名なのか?そんなに彼は凄いのか?
日本はいつ? もっと凄い人がいるかも?

英語は国際語だから学ぶのか? 国際交流のため? 科学など世界を中心に動いている情報を知るための道具? 理由は様々。
その後大学で英文科を選考する人が多いのはなぜ? 答えは多分、就職に便利だから。

社会。人生の円滑油のような存在。生活に密着しすぎて重要性を、他の科目より、軽視される傾向にある。哲学という漢字から、硬いイメージがあるが、生活の一部。
世界史について言うなら、英語の授業があるのになぜ、外国名や単語に カタカナを使用するのか。世界について知ろうとしているのに。日本でしか通用しない知識である。(なぜなら、発音が違うから)

昨日、考えがまとまる。
高校生には戻れないが、私はどんな色をこれから作るのだろう。。。
言いたくはないが、高校生のとき、もっと柔軟に科目を理解、吸収していればよかった。
posted by mandelin-coffee at 22:45| Comment(0) | TrackBack(1) | つつ うらうら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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