2010年06月14日

イスラエル人アーティストのお洒落な作品ー 3

昨日の続き、トロントにある デザイン・エクスチェンジのエキシィビション、『地中海の伝統から イスラエルのコンテンポラリー・デザインへ』から。

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● Studio Groovy
デザイナー: Yinnon & Danit Simhi

coroflot という、デザイナーのポータルサイトでの紹介文によると、レトロ調と、進行中である、という二種類の特長が兼ね備えられているのが Yinnon & Danit Simhi の作品の強み、と。

Studio-Groovy-homepage.jpg
© Studio Groovy
* 上記、オリジナルの色調を少しあげています。
Designをクリックすると、素材ごとに分けて作品が紹介されています。


今回の展覧会で一押しの作品が下記の、18の白熱灯が掃除機に埋め込まれている Lighting Fixture。

GROOVY-Lighting Fixture-1.jpg
© Design Exchange & Studio Groovy


初め、風の谷のナウシカに出てくる王蟲(オーム)みたいだな、と。その後、白熱灯の影が面白くて眺めているうちに、いろんなことを考え始める。白熱灯の文字が、アラブ文字なので、より興味深い。

GROOVY-Lighting Fixture-3.jpg
©  Design Exchange & Studio Groovy


GROOVY-Lighting Fixture-4.jpg
© Design Exchange & Studio Groovy



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● Umamy
デザイナー: Doron Oryan, Eran Apelbaum and Sarit Atziz

ホームページを見るとユーモアのある作品が多い。

下記は、展覧会には出店されていなかったが、ホームページに載っている作品で面白い。

fast food ファースト・フード ーー 奔走している家族のためのテーブル
テーブル:アルミニウム、鋼鉄、合成樹脂

家族の形の変化、大黒柱の存在の変化、夕食を一緒に取ることの出来ない家族。。。などが作品のコンセプトにある。ミラノの家具フェア(2000年)に出展された作品。
Umamy-FastFood.jpg
© Umamy


◎ Rosa バラ
公共の場での椅子。
座って居心地が良いだけではなく、見る人の前で、咲く椅子。2002年にデザインされた作品。

Umamy-Rosa.jpg
© Umamy


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他、Tarazi Design Studio の作品も素敵。是非、いろいろ作品を見ながら、中東の創造力のエネルギーを感じてもらいたい。
タグ:DX
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2010年06月13日

イスラエル人アーティストのお洒落な作品ー 番外篇

トロントにある デザイン・エクスチェンジのエキシィビション、『地中海の伝統から イスラエルのコンテンポラリー・デザインへ』から。




多くのデザイナーの住む、テルアビブ(Tel Aviv)の場所を確認。



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● Animi Causa

Animi Causa は、高品質で、モダンな多様使用可能な家具の作成者の集まりとして、イスラエルで知られている。商業的な成功が、下記のホームページで見ることができる。

デザイナーは、Sarit Attias と Amit Axelrod。
オブジェクトと身体の関係を探求することによって、彼らのデザインが、身体に、感覚と感情の両方の体験を呼び起こすものとなっている。



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● Sturlesi Design
AMIT STURLESI は、ミラノとテルアビブを行き来しているデザイナー。彼も、彼のデザインが、創造的にも機能的にも、見る人使う人が微笑む作品を創ることを探し求めている。

ホームメージより。


今回の展覧会で見たのは、Spoonya。
展示会場の説明書きをザックリ訳すと:
Spoonya は、イタリア語で「スポンジ」を意味します。
この作品の外部は、ベニヤ板で、内側の平行六面体の長方形型のものは、ポリウレタンです。グラフィックと、幾何学の体験を楽しめる作品になっています。




これを見た時、まず、頭をよぎったのが、夏休みの自由工作の思い出。工作図鑑を眺めては、母に相談しながら、材料集めを協力してもらい、できる範囲で行程を真似して、毎年あれこれ創った作品のこと。今なら、子供達がインターネットを使用して、世界各国のデザイナーの作品を少し真似ることから工作を初めたら面白いだろう、と思う。

もう一つ考えずにいられなかったのが、小学校で工作の時間、本棚をグループで作成した思い出。グループ(3人)で、家を建てている場所にお邪魔をし、不要なベニア板をもらい、本棚を作成し、黄色と緑で色を付けたこと。このグループに、クリエィティブで、行動力のある男の子がいたのだけど、中学校に入ってから、彼は不良グループに入ってしまったことが、ひっかかっている。

時々考えるのだが、彼が、その特技な面を活かせず、授業について行けなくなってしまったこと。そしてその後、学校に来なくなってしまったこと。その男の子は、性格的には優しい人ではあったが、いわゆる、主要5科目が不得意だったために、落ちこぼれのレッテルを張られてしまったことが、私の中で引っかかっている。逆に私は、当時、美術の才能は特になくても、主要5科目が良かったので逆の待遇を受けている。

時々考えるのだが、アートを勉強しながら、主要5科目への必然性を悟らせる方法が紹介されてもいいのでは?!と。主要5科目が不得手でも、好きな科目に必要となると、勉強するのではないだろうか、と。美術を勉強することは、創造性があれば、それだけでいいという物ではなく、文才、語学力なども必要だし、現代のデザインには、数学・理科があると優位である。研究熱心なことも大事な要素である。伝統を守ろう、という意識も人一倍強くなる。そして、見る人使う人が微笑むデザインができる人は、凄い!

お洒落な本棚や、(創るのが難しくなくても)ウィットの効いた作品を見る度、私の小学校の時の同級生が、彼の特技を生かせる環境があったなら、と考えずにはいられないのです。
タグ:DX
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2010年06月12日

イスラエル人アーティストのお洒落な作品ー 2

昨日の続き、トロントにある デザイン・エクスチェンジのエキシィビション、『地中海の伝統から イスラエルのコンテンポラリー・デザインへ』から。

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● Tal Gur Design

Tal Gur Design のホームページより

Tal Gur ( タル グゥル )は、日本でも製品が売られているデザイナー。それだけに、上記左の作品は、北斎の『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』を思い出させる。

私が、DXの会場で見たのはこちら。↓


ライトが付いていなかったのが残念。素材が面白い。
ホームページの英語を訳すと、

ストローをデザインの素材として使用するのは、IDEE カフェの黒崎氏に、「プラスティックではなく、例えば、ストロー(straw)なんかから創ってみたら?」に閃きを得る。古くから使用され、伝統的な「ほうき」、つまり、「藁(わら:straw)」を材料として使うことから初め、それから、飲料用のストローに発展。飲料用のストローは弱いため、それを丈夫なストローに変化。元々、弱いストローの素材は、数を使用することでより陽気で、頑丈な物に変化する。椅子一つに、15,000のストローが使用されている。このシリーズは、椅子、腰掛け、ランプのかさ、建物用の煉瓦の仕切りなどを含む。椅子の素材に使われた色は、飲料用のストローの色がそのまま用いられている。


この Tal Gur Design のホームページの面白いところは、作品の製造工程が紹介されている点。↓




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● Ayala Bar

Ayala Bar の作品は、お国柄が出ていて、お洒落。歴史が、ミルフィーユの用に何層にもなっているなら、伝統は、バターの味と感触のように、パイ生地から滲み出るような物なのかな、と思って彼女の作品を見る。





上記、二人のデザイナーは国際的に著名度が高いようである。

続く。。。
タグ:DX
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2010年06月11日

イスラエル人アーティストのお洒落な作品ー 1

今日初めて、トロントにある Design Exchange を訪れる。元、株式取引所(stock exchange)の建物が、今は、デザイン展示所になっている。

Design Exchange Building.jpg


3月5日から6月20日まで、
地中海の伝統から イスラエルのコンテンポラリー・デザインへ』が開催。英語の解説:pdf バージョンはこちらから ーー>
展示の入り口にある説明文をざっくり紹介すると、

刺激的で、ドラマティックで、カラフルな作品の一つ一つの イスラエルの産業デザインを今回展示しています。多様な影響を化合しているイスラエル文化は、幅のある質の高いデザインを生み出しています。イスラエル文化と歴史は、斬新な発想を刺激しながらも、伝統を保ち、社会を表現しているのです。この伝統には、気の利いたユーモア、ブルジョアの考える「美」の否定、新しい/使用済の材料の巧妙な使用が含まれています。

展覧会の規模はこじんまりとしているが、なかなか面白い。ユーモアがあるので、思わずスマイルに。帰宅後、アーティストのウェブサイトを訪れ、それらがクリエイティヴで面白く、もっと作品を見ることができるので、このブロで紹介しようと思う。

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ALON RAZGOUR STUDIO のホームページより

ALON RAZGOUR STUDIO.jpg

「どう歌っていいのかわからないけど、どうしたら君を笑わせられるかは知っているよ!」と始まる、ホームページ。イスラエルの都市、テルアビブにあるスタジオ。

展覧会でのALON RAZGOUR STUDIOの作品。

● Aluminum Lace Table 
材料:合成大理石とアルミニウム


● Aluminum Lace Vase

ALON-RAZGOUR-STUDIO-vase.jpg生け花のできない私には、こういう花瓶があってもいいな、と思ってみる。
© Design Exchange & ALON RAZGOUR STUDIO

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Studio Ami Drach and Dov Granchrow のホームページから


現在、両アーティスト、Ami Drach と Dov Ganchrowともども、エルサレムにあるBezalel Academy of Arts and Design の工業デザイン部の卒業生で、現在は、同大学にて講師となっている。

● Mask light
仮面舞踏会の仮面の形をしたライトが、展覧会で展示されていた。明かりに見詰められているような感覚になるライト。

● +/- Hot plates
AMIDOV-Hot-Plates.jpg
(影は、私の腕です。↑) © Design Exchange & AMI DRACH & DOV GANCHROW


文字がこういうふうにデザインになるとお洒落に見える。
以前、英国で見た、「中東ART展」を思い出す。(過去記事:2006年7月12日

続く。。。
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2009年12月27日

韓国人アーティスト

友人が、上海アート・フェア 2009 で撮った写真の中で、面白いな、と思ったのが、下記、Jong-Seok Yoon[1970ー](*)の作品。

Jong-Seok Yoon-cocacola.jpg

Jong-Seok Yoon は、銃をもじったシーリーズをいくつか作成している。韓国語はわからないけど、あれこれGoogleで検索してみたら、上記に似た作品が、韓国でオークションリストに載っていた。現物を見た訳ではないので、作品がどれだけ凄いのか実感は湧かない。が、91x162cmの作品で、見積もり価格が、日本円で約70万から140万というのに驚く。他の作品の価格を見ても、韓国の方が、日本人より芸術購買力がありそう。

ともあれ、Jong-Seok Yoonの発想は面白いので、もっと作品を見てみたい方は、下記のサイトを訪れてみては?(いずれも韓国語)
1)artda.co.kr → ブログをスクロールすると、他の韓国人アーティストの作品も見られる。
2)2009年10月に行なわれた個展のインフォーメーション・サイト→ 韓国人の友人の話だと、この作品は、注射器のような道具を使用して、多数の点で構成されている、と。

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上記の検索中に見つけたのが、Kim Joonの作品。色使いも、デザインも面白い。[写真をクリックすると、2008年の作品集に飛ぶ。]


1966年ソウル生まれのKim Joonは、公州国際大学(Kongju National University)の教授でもあるが、韓国軍兵士でもある。彼の“Birdland-Armani”作品は、今年、香港のサザビー・オークションで、約1,756,000円で落札。(**)
上記の作品(bird land-chrysler)を見た時、一瞬、鯉が跳ねているのか、と。
作品行程は、digital printと説明があるように、恐らく、裸体の組合せを撮影後、フォトショップのような画像編集ソフトウェアを使用し色を載せ、単体イメージをコピーして複雑化しているのであろう。最近、フォトショップを使用して、自分の顔にペイントしてみたばかりだったので、Kim Joonの作品のどれもが興味深い。21世紀の trompe-l'oeil。が、作品をよくと見ると、コピーしたイメージの境目が目につくので、一瞬のインパクトの強さを楽しむことをお薦め。

(*)韓国語はこのブログで文字化けするため、アーティスト名が、ここでは英語のみの表記となっております。
(**)Art Radar Asia の英文の一部を日本文に訳した内容。
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2009年08月20日

パフォーマンス・アートの歴史は古い

1. イヴ・クライン(1928ー1962) 

Yves Klein は、コンセプチュアル・アートの先駆者として名があがり、彼のパフォーマンスで、有名なのが Anthropometry of the Blue Epoch(1960)下記は、その作品の一部を紹介しているビデオ。




2. ジャニン・アントニ(1964ー現在)

アメリカ人のスカルプターで、インスタレーション・アーティスト、フォトグラファーでもある、Janine Antoni(ジャニン・アントニ)のパフォーマンス Loving Care (1993)



3. 【3人の王姓の画家】ー 王墨、王默、王洽
『歴代名画記』によれば、「 風顚酒狂、酔後頭髻(もとどり)を墨にひたし、絹にこすりつけた」という。
(省略)(注 1)


4. 【張志和】
大暦年間(西暦766-779年)、酒をくらい、目を閉じ、顔をそむけ、筆を踊らせ、墨を飛ばし、音楽に合わせて仕上げる彼の山水画の描き方は、王墨同様多分に見世物的で粗放な要素が強い。大暦9年(774)の秋、「またたくうちに波のうちよせる蓬莱山が、絹の上に現れた時は、人垣を作っていた一座60余人の者が、 轟然と驚いた」と顔真卿は伝えている(「浪跡先生玄真張志和銘」)。張志和が破陣楽を演奏させ、自ら踊りながら、墨をそそいで洞庭三山を描いたとは、皎然(こうねん)の詩にもみえる。
(注 2)


5. 【顧姓】
大暦年間、山水を描いて諸侯の門をめぐり歩いていた呉の人顧姓の場合は、もっと派手で、大がかりである。撃鼓百人、ときの声をあげる中を、墨をまきちらし、絵具をそそいだ上に長い布をしき、人を座らせ、万遍なくひきずりまわす。その後大筆を揮って峯や島の形を整える。酔っぱらって画絹の上を走りまわることは、顧子もまた例外でない。
(注 2)


見かけは似ていても、コンセプトが違うから、異なる作品である、と主張する人も多いかもしれない。

水墨画では、中核は「線」と多色彩の放棄であるが、イヴ・クラインは、単色にこだわりつつも、「線」を、"牢獄の格子"に思える、として放棄。(注 3)

Anthropométrie sans titre.jpg左記、イヴ・クラインの日本語では『人体測定』シリーズと言われている作品。写真で見た、広島原爆投下時に放射熱により壁に残った人影の痕跡や、マット上に残った 汗をかいた柔道家の跡にインスピレーションを得たとのこと。(注 3)


学術的に根拠を探すのは難しいかもしれないが、日本を訪れたこともあり、柔道黒帯を持っていたイヴ・クラインであれば、東洋美術に触れる機会は十分にあったであろうし、特に1950年以降なら、英訳された中国絵画の本を一冊でも読むなら、中国人画人のパフォーマンスを知ることができた。
© 2007 Artists Rights Society (ARS),
New York/ADAGP, Paris, photo credit:
Giraudon/Art Resource, NY



Catherine M. Grant は、ジャニン・アントニの Loving Care は、韓国系アメリカ人のNam June Paik(ナム・ジュン・パイク:1932―2006)の作品 Zen for Head (頭のための禅:1962)を連想させる(注 4)と書いているが、ナム・ジュン・パイクは、昔の中国画人について知っていたであろう。

中国は、唐代以後、王墨、張志和、顧姓、北宗時代の真宗朝、清代の石濤など、豪快なパフォーマンスを行なった画人が多い。なぜ、イヴ・クラインやジャニン・アントニは有名で、中国人画家の迫力あるパフォーマンスは話題に上らないのか非常に残念。

一般的にモダン・アート、現代アートに関する英語の書では、昔の中国画家の名はたまにしか上らない。東洋美術に関する書では、溌墨や破墨の項で、ジャクソン・ポロックのアクション・ペインティングを連想する著者が多い。実際、学術的に、彼が中国絵画について詳しく知っていたかどうかの証明は難しいであろう。アルコール依存症で有名のポロックは、そのアクション・ペインティングを生み出した2年間、アルコール漬けから離れることができているため(注 5)、見かけだけでは関連づけることができない。

とは言え、コンセプトが異なるからこそ、古代の偉人について知ること、現代のアーティストと比較することは視点の幅の広さに気づくことができて面白い。


注釈:

(注 1)鈴木敬、町田甲一、中国文化業書7−芸術(大修館書店、1971), 68.
(注 2)同書, 69.
(注 3)Ulrike Lehmann. "Klein, Yves." In Grove Art Online. Oxford Art Online, http://www.oxfordartonline.com./subscriber/article/grove/art/T046847 (accessed August 28, 2009).
(注 4)Catherine M. Grant. "Antoni, Janine." In Grove Art Online. Oxford Art Online, http://www.oxfordartonline.com./subscriber/article/grove/art/T096686 (accessed August 28, 2009).
(注 3 & 4)ブログ著者による訳
(注 5)Pepe Karmel, ed., Jackson Pollock: Interviews, Articles, and Reviews (New York: The Museum of Modern Art, 1999), 30.

画像:"Yves Klein: Anthropométrie sans titre (ANT, 163), oil on canvas on paper, resin, 1.56×1.08 m, 1961 (Marseille, Musée Cantini); © 2007 Artists Rights Society (ARS), New York/ADAGP, Paris, photo credit: Giraudon/Art Resource, NY." In Grove Art Online. Oxford Art Online, http://www.oxfordartonline.com./subscriber/article/img/grove/art/F018138 (accessed August 28, 2009).


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2009年08月19日

斬新な芸術が生まれた背後に、欠かせなかった輸血

アヴァンギャルドのアーティスト達が影響を受けた、アフリカの工芸品(マスクや彫刻)、日本版画は有名である。が、もっと根本的に、具体的に、東洋美術のコンセプトに、21世紀のヨーロッパ・アメリカの芸術家達は刺激を受けたと確信のもと、あれこれ探り続けている。

具体性を今は伏せながら、もっとはっきり書くと中国水墨画や書道の背後にあるコンセプトなしでは、アメリカの抽象絵画の発展は全く別のものになったであろう、と。

その具体性の確信を裏付けするため、他の資料の意見を分析しながらいろいろ読んでいる過程で出会った本が、吉村貞司氏による「日本美の構造 ー東洋画論に求める」(三彩社 1970)である。

実際、トロントで中国絵画史を選択し、郭熙の作品に驚き、目から鱗的な知識を吸収する機会に出会ったが、吉村貞司氏の「いかに東洋美術は素晴らしいか」の強調は駄目押しのようだった。

例えば、

PP. 114ー115

私たちもパースペクティヴ
*遠近法を学びとった代償として、得るところも多かったが、すべてがプラスだけだとはいえない。日本が長い歴史によって育てあげたもの、東洋にあった独特の空間感覚をすみやかに失ってしまった。
・・・日本史を書き変える大事件とさわがれるかもしれない。・・・私が行なっているのは、美に関するもの、感覚に関するもの、空間性に関するものである。今の社会は美に飢えていても、こうした根源的な問題について関心をもたないし、過去の貴重な感覚がどんな価値をもっていたか、知ろうともしない現状である。日本画のいきづまりが心ある人によって憂えられているが、日本の美意識をすてたら、特性を失うのは自明の理である。世界化するのは、自己の特性、自己の存在理由を失うことではない。世界の人に通じる言葉で自己を表現することだ。現代は日本画だけにとどまらず、世界の絵画そのもの、美そのものが行きづまり、病んでいる。病めるものの後を追ったら、生命力を減少させるのは誰にでもわかることである。それならば洋風以外によるところがないかといえば、決してそうではない。西洋は日本だけではなく、世界の彼等以外のものを学んで、強力な輸血を得ようとしはじめて、かなり長い歳月が流れた。新鮮な輸血も病める力にかつことができなかった。しかし、私たちは彼らとはちがって今日に生かすことのできるすぐれた特性をもっている。私は美の特性について、ほんの一部を発掘してみたが、過去の貴い遺産が豊富に忘却の彼方に眠っていると予言できる。そして私が今ここに発掘しようとしているのが、その遺産の一つである宇宙感覚なのである。


*[]内は、原文に補足。perspectiveが遠近法と日本では訳されているが、この訳、実はその言葉が持つ深い意味を表現しきれていない。ゆえに、吉村氏もパースペクティヴと述べているのであろう


これは、1970年に出版された本である。今でも新鮮な言葉に響く。
特に、今の社会は美に飢えていても、こうした根源的な問題について関心をもたないし、過去の貴重な感覚がどんな価値をもっていたか、知ろうともしない現状であるの部分。



吉村氏が、アド・ラインハート Ad Reinhardt(1913-1967)について述べている箇所も紹介したい。

PP. 116ー117

画面の全面を黒一色で塗りつぶしたアド・ラインハートは、それによって、ディテール、色彩、構成を否定した。彼はそれによって、絵画が宿命として原始時代からにないつづけてきたかたちを否定し、かたちのもつ美を、意味を、内容を追放した。ラインハートは東洋美術のりっぱな学者であり、黒一色で塗りつぶしたモティーフは東洋無自我の白紙還元に由来しているのは明らかである。彼は「否定」により、還元的に、あるいは逆説的に「アブストラクト絵画」・「超時間的絵画」とみずから命名した作品に到達した。そしてついには「美術界の良心」とか「大いなる熱狂の時代における偉大な抗弁者」と認めらるに至った。私は彼の「アブストラクト絵画」という題をつけられた黒一色にぬりつぶした作品の前に立ち、西洋に誤解された無をくみとっていた。芸術家は他人の芸術を誤解する権利がある。しかしその誤解は新しい創造を生み、未知の美を開発した時にのみ価値をもつ。私はラインハートの誤解をいうのではない。その誤解がアブストラクトの限界、西洋の限界を明示しているといいたいのだ。限界のゆえに、次の発展がまったく考えられず、いわば行きどまりに追いつめられた終末観さえ感じられた。黒のかわりに白で塗りつぶすのならば、むしろカンバスを生地のままにしておいた方が徹底している。あるいは額ぶちだけを展覧会場の壁にかざって、「壁」という題をつけた方がきがきいている。西洋的な余白の考えは否定的であった。それは絵画そのものの否定に傾倒していく。余白はいわば一つの色のように、物質的にとりあつかわれ、そのとりあつかいの中で無限性を失ってゆく。



このブログ、6月4日付でアップした「芸術家の名は、葉のようにももろく、幹のようにも強い。」の記事で、そのアメリカ抽象画家の一人、Ad Reinhardt(1913-1967)の作成した下記のカトゥーーンを紹介。


How To Look At Modern Art In America, 1946 & 1961
Ad-Reinhardt1946-1961.jpg
* colours are added on the original cartoons.
© Smithsonian Institution


左が1946年で、右が1961年。(← 年号をクリックすると拡大図へジャンプ。)
葉の一枚一枚に、画家の名が書かれている。


ずーっと不思議でいるのは、MoMA(ニューヨーク近代美術館)の創設者の一人でもある Alfred H. Barr, Jrも、Ad Reinhardtも、モダンアートの系図では、「中国絵画」を書いていない。東洋芸術を指導し、自らの作品の傾向を変更したにもかかわらず、Ad Reinhardtが、上記のカトゥーンで記入しなかったことが引っかかっている。この疑問を通じて読んだ本のおかげで、東洋美術の面白さをさらに実感。(それで、西洋美術への関心が半減したわけではないが。。)
実は、中国美術に関し、中国語から訳され、解釈された英語と日本語での紹介、分析に差がある。翻訳の与える効果の違いに、実はもだえている。特に、「余白」という訳が適切ではないのでは?、とあれこれ調べていて感じる。最近、漢字にこだわっている。


ともあれ、
吉村貞司氏による「日本美の構造 ー東洋画論に求める」(三彩社 1970)の主旨から学ぶことは多い。是非、この本から東洋美術のエネルギーを感じてほしい。



追記/続き
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2009年06月04日

芸術家の名は、葉のようにももろく、幹のようにも強い。

通称、MoMA(ニューヨーク近代美術館)の創設者の一人でもある Alfred H. Barr, Jr(1902ー1981)氏による、1936年開催のキュービズム&抽象絵画展のカタログ表紙は、モダンアートを知るのに最適な表。


私も真似て表を作成し、おととし、パソコンの壁紙として使用するほど便利な表。


「1935年以降、アメリカのその後の発展を作成したらどんな表になるのだろう?」

と、かなり以前から考えていたら、
非常に楽しいカートゥーンが、あった!


作成したのは、アメリカ、抽象画家の一人、Ad Reinhardt(1913-1967)。


How To Look At Modern Art In America, 1946 & 1961
Ad-Reinhardt1946-1961.jpg
* colours are added on the original cartoons.
© Smithsonian Institution


左が1946年で、右が1961年。(← 年号をクリックすると拡大図へジャンプ。)
葉の一枚一枚に、画家の名が書かれている。

実際の図には、色はない。両方の図で、超有名な画家に色を付けたのは、図を観察、比較する面白さを強調したかったため。1946年にあった名前の多くが、1961年には消えている。

現在、美術史で一際その名を轟かすマルセル・デュシャンの名が、1946年には、幹の上にあり、1961年には葉に記されている(ピンクで表示)。1946年から1961年に、デュシャンへの見方が、アメリカで変化した現れなのか、と考えてもみる。ペインターの名の中で、ペインティングを20世紀初頭に”放棄”したデュシャンの名があがる、というのが興味深い。実際、写真の発展とかかわり合いが深い作品『 階段を降りる裸体No.2』(1912)を作り、それは今でも美術史で有名だけれども。

ジャクソン・ポロック【1912ー1956】(ブルーで表示)が、木の葉から、右下のトウモロコシ畑の冊のような場所、お墓にも見える場所に移動している。その横に小さく見える、転がっている文字が【oil】(ライト・ブルー)。つまり、油絵ではなく、画家がアクリル絵の具や、家の壁用の塗料を使用し始め、伝統的な油絵の技巧が使用されなくなった様子が表現されている。(下図も参照。)


Ad-Reinhardt-HTLAMAAmerica1961c.jpg
* colours are added on the original cartoons.
© Smithsonian Institution

上図は、特に、遠近法をからかっている様子を拡大(1961年)。
1946年と比較してみると差が面白い。

”男性優位”の芸術界で、女性画家は軽視されてきた、と議論される中、両方の表に記載されているのが、ジョージア・オキーフ(1887ー1986)。(緑色にて表示。)オキーフの葉の下に、ポロックの妻、リー(1908ー1984)が見える。

マーク・ロスコ(1903ー1970)(赤色)の名も両方のカートゥーンに見える。とは言え、右側の太い枝は今にも折れそう。

芸術品が、ビジネスとして高値で売買されている現状も風刺されている。この大木の根には、ヴァン・ゴッホ、ゴーギャン、ジョルジュ・スーラ、セザンヌの名がある。1946年、幹には、大きく、ピカソの名が見えるのに、1961年には、バロック美術画家のルーベンスが見える。ピカソの名(オレンジ)は太幹から枝の根元へ移動。

是非、Smithsonian Institutionのサイトから、両図をプリントアウトして見比べてみてほしい。いろんな発見がある。毎年春になれば、芽吹き続ける木で表現されているのが楽しい。


ところで、このカートゥーンを描いた、Ad Reinhardt(1913-1967)だが、ロシア人とドイツ人の移民の親を持ち、ニューヨークで生まれる。コロンビア大学で、美術史(!)を学び、同時期にアメリカのアート・スクールに通う。アメリカでの抽象表現主義者として名前があげられるが、ミニマリズムの要素を持つ作品も制作。

日本近代・現代画家の表も作ってみたら楽しいだろうな!
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2009年04月28日

ミケランジェロのダヴィデ

アカデミア美術館にあるダヴィデは高い位置に置かれ、大勢の観光客(主に日本人)もい、詳細を見るのは難しかった。彫像と語り合う、彫像と一対一で語り合う空間はない。

レプリカもあちらこちらで見たが、醸し出す雰囲気が違う。実物大のプラスターのレプリカは、ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館にもあり、近くで見ることが可能。が、一部屋に様々のレプリカがごったまぜで置かれている状況では、ダヴィデも息苦しそうであった。何より、プラスターの質感と、マーブルでは差がある。

Rai Educational(イタリア語)からのクリップが、なでるように彫像を映し出しているのでお薦め。



ダウンロード世紀!


Rai Educationalでは、他にもアートに関するいろんなクリップを紹介している。

フィレンツェのオーディオ・ガイド(英語)から、様々な映像までダウンロードが可能な時代。
いえぃ!


** 彫刻にまつわる話で、書きたいことは山ほどあるのだが、時間が。。。
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2009年01月02日

元旦の追記:続)國立故宮博物館

ただ、この台湾、國立故宮博物館のウェブサイトはお薦め、と書いても、

何が? と思うかもしれません。

通常、美術館内での「作品と観客」あるいは「作品、ガラス、観客」という隔たった繋がりではなく、ウェブならではの特性を生かしています。
山水画で言うなら、紙や絹のきめ、筆の流れなどを具体的に見ることが可能で、その感覚はまるで、観客が手に取って作品を見る感覚に近いものを提供してます。

ウェブも単なる情報提供から、作家と見る側、作品と見る側の距離を近づける役割を果たしつつあり、今後もテクノロジーの発展には目が離せないなぁ、と新年を迎える度に思います。ヨーロッパ、アメリカの美術館は、テクノロジーをいち早く活用しています。アジアも追随し始めたことを嬉しく思うのです。アジアの芸術の高さが、世界的に評価される可能性があります。

日本では、展覧会があると、壁にへばりついた観客がベルトコンベア状態で動きます。
なかなか、後戻りできません。
國立故宮博物館のウェブサイトでは、作品の見たい場所を何度でも、じっくり眺めることができ、美術館で見るより、肌理が細かいのが特徴です。細部観察に向いています。ゆえ、実物の大きさを体感することは無理ですが、そこは私達の想像力に頼るとして。。。

それから、

むかーし、放送大学で、道教でも特に老子を選択したことがあったのですが、難しかったことを覚えています。今回、英語で、道教と絵画の密接な関係を読みました。漢字が醸し出す趣はありませんが、逆に、簡潔でわかりやすかったことや、西洋芸術と逆の発想に驚き、楽しくなりました。(画家の名前については、中国名の方が覚えやすく、英語だと個性を感じないという不利点はありましたが。。)

國立故宮博物館のウェブサイトの英語版は、日本語より充実しています。是非、実際の博物館を探求するように、サイトを巡ってみてください♪


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2008年12月24日

目が惹きつけられる Wayne McGregor の振付け

(個人ブログだから、私の主観であることは言うまでもないのかもしれないが。。)
バレエの面白さは、筋肉の動きの美と、踊りを通して音楽とどう一体化するか、にある。
クラシック・バレエの魅力は、か弱い女性のストリーにではなく、喜怒哀楽の感情が筋肉で表現されている点。(ダンサーのコントロールの賜物なのだが、本能的でダイレクトな表現に見えるのが面白い。)

対照的に、コンテンポラリー・バレエは、舞台の内容と自分がどうコミュニュケーションをとっていいのか掴めないことが多い。ベルリンで見た『スクリーン セイバー』(振付師は誰かわからない)は、素晴らしかった。でも、稀な経験。

ところが、英国、ロンドンの Royal Opera House 専属振付師、Wayne McGregor の作品は、私達の持つ体のリズムと、テクノロジーの持つリズムの類似を抽出し、相違と混ぜている。空間もそのリズムに最適の状態が創りだされ、目が惹きつけられ、(できることなら)一緒に踊りたくなる。


2年前に絶賛され、再上演されている Wayne McGregor のChroma (freedom from white) から。
Chroma-McGregor.jpg

* 他の写真は、Danza Ballet のサイトにて。


McGregor の振付けは、コンテンポラリー・ダンスの無味乾燥な感情表現とは異なる。

テクノロジーに囲まれた生活から抜け出せない私達。そして、視覚的(コンピューター、携帯電話が側にあること)に、感覚的(コンピューター、携帯電話に触れていること)に、テクノロジーと生活することに安堵を感じる私達の波長と、彼の振付けは、交わる点と、はじく点を持つため、メリハリが明確で、興味深い。

下記は、McGregor の解説付き、Infraのレッスン風景。


McGregor の作品を舞台の最前列で見たい。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


McGregor は、22歳の時にRandom Dance というダンスカンパニーを立ち上げ、Royal Opera House 以外でも活動している、注目の振付師。

Royal Opera House の VIDEO サイトでは、オペラ、バレエ[クラシック&コンテンポラリー]の様々なショート・クリップ(ダンサーのインタヴュー、レッスン風景、舞台裏、バレエシューズ、過去の舞台 etc...)を紹介している。ドン・ジョバンニはフルで見ることができる。こちらから。
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2008年12月20日

筆さばきの妙から生まれる、墨の動きを体現したパフォーマンス

どうも、しっくとしたタイトルが浮かばない。

が、北京オリンピック開会式のこのパフォーマンスは、アートの平面の形式を、立体を飛び越え、いっきに動画として表現しつつ、平面の作品からも伝わる「滑らかさ、迫力」を伝えている、という点で非常に面白い。

Scroll of Harmony.jpg

別の言葉で表現すると、アートの形態は、もともと、平面、立体、建築、動画、などの種類別があり、その形態、素材の特色を活用して、表現したいものを芸術家が生んできた。
平面図から受ける印象と、動画から受ける印象が異なるのが一般的である。
そして、墨とダンサーの動きの類似を考えることも少ない。

が、
中国の水墨画家が、その作品を見る人に伝えたいと意図したこと、例えば、動きのある滑らかな筆さばきから生まれる、墨が作り出す繊細な表現と力強い表現、自然(山や川)から受けた印象を作品に封じ込めた様子が、下記のパフォーマンスによって表現されている。
作品を見る人が、その絵巻物の景色の中に入り込み、景色を堪能してほしい、と感じた様子も、パフォーマンスで現れている。
筆と墨という特色を生かし、例えば、油絵のように描き直しが不可能、筆の動きが、ラインに影響するため、途中で筆動きを止めると、全ての作品に影響を及ぼすこと、墨のまったりさが、紙や絹に吸収され、紙や絹が作品として生命を帯びることなどが、パフォーマンスで生きている。
この、平面とパフォーマンスの様々な相互関係に圧倒される。

現代は、動画や、イメージ制作の技術が発達し、見る側の想像力(以上)の作品を伝える。作り手の想像力の方が豊かであれば、その迫力で、見る側を圧倒する。私たちの想像力を必要としない場合も多くなり、過去の作品で、芸術家と見る側が作品を通じて、どう通じ合ったかということを意識しづらくなっている。この動画の映像を見、今から一千年以上前に、作り手は同じようなことを考えていた、と想像するのも面白い。

コンピューターの画面では、迫力さや、平面と動画の形態の関係を感じづらい、かもしれない。大きなスクリーンで見る機会があれば、是非。



一学期に中国絵画のクラスを選択し、個人的な好みでは、宋朝の水墨画。
画家(学者)の考えていたことが面白いので、それは次回に。


もし、北京オリンピック開会式を見逃し、さらっと、画像を見たい方は、こちらを。

上記のYoutubeより画質がいいビデオを見たい方はこちらを。(接続の為に、このアドレスを何度かクリックする必要があるかもしれません。)

上記のYoutubeより長いバージョンを見たい方はこちらを。

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2008年12月19日

肖像画と建築 (一部)

イアサント・リゴーによって、1701年に描かれた作品。[ルーブル美術館所蔵

ルイ14世 (1638ー1715:在位1643〜1715)
LouisXIV-1701.jpg

ルイ14世が63歳時の肖像画だが、脚だけ見ると若若しく見え、初めて下記の「脚」を見た時は、思わず「は!」と。

大学すぐ側にある、靴の博物館。

Bata Shoe Museum.jpg


それで、ふと、思い出したのが、イングランド国王、チャールズ2世の肖像画。1670年に、ピーター レリー卿が作成。

チャールズ2世(1630ー1685:在位1660〜1685)
Charles II-c1670.jpg
© National Maritime Museum, London


当時、権力を強調するために使われた、典型的な装飾のパーツの使い方の違いも興味深い。後ろにある大柱の意味(建築が、どう扱われたか)や、立ち方の違い(似ているようで大きく違う点)、剣を持つか持たないかなど、肖像画はいろいろ語る。

Monument-GFL.jpg
1666年にロンドンでも商業の中心地が大火に見舞われ、中世の木造の家々が灰となり、セイント・ポール大聖堂も再建が必要な程被害を受ける。「この大火は、カトリック教徒の仕業である。」というプロテスタントの市民による噂が絶えず、それは以後も続く。
チャールズ2世は、ロンドンを、中世の雰囲気ではなく、他の有力都市と同じ威厳のある都市づくりを希望するが、財政面の貧窮さや、商業地ゆえ、緊急に再興を要し、道路整備からの変更は叶わない。
何か記念碑を建てようと、当時、世界で最も高さのある大柱の建設計画が出たのが、1670年頃。市議会で、デザインの賛同が得られたのは、1671年。
ロンドン橋が移動され、この記念碑の目印としての効果もなくなり、現在では、スカイスクレーパーによる建造物に埋もれ、観光客もあまり訪れないようである。が、当時、ローマ人より高い大柱を建てる技術があることを対外的に示したのがこの大柱。政治的な目的があったことなどを、大火後の他の建築物ともども考えると、17世紀の建築史は面白い。

他方、パリやヴェルサイユでは、ルイ14世が、絶対王政の元、イングランドよりはるかに進んだ建築技術を用いながら、ルーブルやヴェルサイユ宮殿を建造。1665年に、ルイ14世は、建築家としても有名なベルニーニをフランスに招待し(教皇アレクサンダー7世ですら、ルイ14世の依頼を断れなかった)、ルーブルの建築デザインを依頼する。ベルニーニのデザインは、フランスに合わないと結局却下されるが、ベルニーニによるルイ14世のマーブル像は、今でもルイ14世の威厳を醸す。
ベルニーニは、パリの石工の技術は劣る、とし、ローマから石工を連れて出向くが、これがフランスのプライドを逆なでする。ローマを凌ぐ技術を見せつけ、フランスらしいデザインを表現。特に、水不足のヴェルサイユに、溢れる水をもたらした水力学の発展など、ヴェルサイユを訪れたことのある人は、その技術発展を実感するであろう。
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2008年11月02日

the Prix Pictet ー 水

Prix Pictet が、プロ、アマチュア問わず、 世界中の人々を対象とし、写真を公募。
環境問題、地球温暖化、気候変動について議論されることが増えている中、水による現象(洪水・干ばつ・汚染)に焦点を当てる。

BBC-Photos-Prix Pictet.jpg

BBCでショート・スライドが公開(解説付)。[上記の写真は Roman Signer
受賞者の他の作品は こちらから

第一回目の受賞者がパリで発表。
大賞は、カナダ人フォトグラファー、Benoit Aquin

2010年までに、世界中の貧困者の40%が浄水を得るのが困難になると推定されている。今、問題に取り組もう、というスイス人財閥らによる提案。



※ このBBCの解説者は、典型的なブリティッシュ・イングリッシュで、さらに、聴き手の耳をくすぐるヴォイス。日本で言うなら、森本レオのように、ちょっと、聴き手を意識し過ぎのよう。が、その「声での”くすぐり”」の行き過ぎのラインを超えるか超えないか、という微妙な調節をしている解説者に苦笑い。
ともあれ、「細かく震える水の振動を封じ込めた。。。」という当たり、エロティックに聞こえる。是非、環境問題を考えつつ、見てほしいショート・スライド。



近年、水のドレスをまとうモデルの広告が多くなってきたと思いませんか?
"water dress"とGoogleで検索すると、ファッション広告や、イタリアの水の広告(Mattoni spring water)などがヒットする。
G2B-waterdress.jpg


カナダ人のアーティストは、消費主義に問題意識を持ち、それを表現する傾向があるように感じる。一方、中国系カナダ人は、一昔前の日本のように消費主義を謳歌している。

『水』


海外で移動するたびに一番気になるのが、水の質。
夏に一度、私の住んでいる建物で水が出なくなったことがある。飲み水だけでなく、トイレの使用が困る。
いろいろ考えさせられる。


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2008年10月26日

マルセル・デュシャン信仰

モダニズム、ポスト・モダニズムの講義を受けていると、マルセル・デュシャン信仰の空気が漂う。ルネサンスでは、ミケランジェロやダ・ヴィンチが仰がれるように。

マルセル・デュシャンは、アートの権威をおちょくっている反面、アートの枠を拡大し、美術史知識のチラリズムを作品で表現するために、知識のある人ほど、くすぐられる感覚になり、虜になる傾向にあるみたい。デュシャンは、中世のマニュスクリプトなどの知識もあったみたいで、それに関連した作品も作っている。


マルセル・デュシャン Marcel Duchamp (28 July 1887 ー 2 October 1968) の作品で最も有名なものの一つ、"Fountain(泉)"
R-Mutt.jpg


ところで、女性の私は、この陶器製の便器が逆さまになっている図を想像して初めて、「気持ち悪さ」を実感する。(何せ見慣れていない物だから、実際の状態が想像しにくい。)
porcelain urinal.jpg

実際に、トイレにあって、上から見たら、こうなるのかな?

タイトルが、泉。逆流の様子を想像すると。。。。。
怖い。
どこにでもあったプロダクトを用いても、見る人に与える影響は大きい。
当時はスキャンダルであったことも納得。

20世紀初頭のアメリカの便器が上記。陶器製だから、「レディ・メイド」と言っても、そんなにどこにでもあった便器ではなかったであろう。教養人に見慣れた便器。デュシャンは批評の的を定めている。

所かわって。。
20世紀前半に作られたであろう日本のお手洗いから、”美しい” 陶器製の便器(男性用)。

retro-washroom2.jpg


これを、デュシャン風に逆さまにすると、デュシャンの「泉」で、云わんとしている「溢れる」感覚が伝わるかしら?

retro-washroom4.jpg


スリッパと便器の相性も面白い。


所かわって。。。
ドイツのレストランの男性用のトイレの光景。

Rosenmeer.jpg




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2008年10月12日

中国画史も取得中

アジア美術史を1科目取得することが、美術史を専攻する上で必須。

選択したのは、中国絵画史。

ウェブで充実しているのが、台湾、台北市の國立故宮博物院
紹介している作品は、細部まで観察できるようになっている。
日本語でも読めるので是非!

NationalPalaceMuseum.jpg


上記のサイトは、「美しく」、まるで、音楽までもが聞こえてきそう。
日本語のサイトは内容が限定されているが、英語あるいは中国語を選ぶと、より「絵」も見ることができる。

実際に台北に行きたくなってきた!

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2008年09月28日

ヒューゴ・バル:ホラカフララ。。

Hugo-Cubist-s.jpg
アートの枠組みの拡大の火付け役のダダ。
中でも、ヒューゴ・バル(ドイツ人, 1886–1927)の功績は大きい。
ナン・センスな言葉から新しい表現方法を見い出す。

1916年に、キャバレー・ヴォルテールで、キュービズム風の出で立ちのヒューゴ・バルが読んだサウンド・ポエム。 ”Karawane(Caravan)”

以前、初めて写真を見たときは、正直、変なおじさんにしか見えなかったのだが、このYoutubeを聞いて以来、ダダの魅力に引き寄せられる。




意味不明の言葉たちが、こうも官能的に響くことが面白い。
詩は、どう読むかも大事だと。。つくづく思う。

ダダ・シュールレアリズムの講義が楽しく、毎週楽しみでならない。


☆ ダダについてのおすすめサイト 
National Gallery of Art

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2008年09月27日

カラバッジョ

以前の記事写真革命で触れた件に関連。

◯ 題:カラバッジョの技術 ◯

制作:WhiteFieldArt


英語がわからずとも、見ることをおすすめ。というのも、当時の鏡やレンズの発展を垣間見ることが可能。レンズなどの説明は次回。ケプラー、ガリレオ、オランダ、天体望遠鏡のことも思い出すと、歴史がより興味深く見えてくる。

真実かどうかは断定できずとも、議論されている内容。

現在でも、ドローイングをせず、OHPを使用して、写真そっくりの油絵を作成するアーティストが多い。線にとらわれすぎると、いかにもコピーしたように見え、人物が生き生きとして見えない。

カラバッジョの技術は鏡を使ったか使わなかったかを超えている。もし、鏡を使ったとして、それをどう”活用”したかが興味深い。。

その件も次回。
タグ:ガリレオ
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2008年09月10日

Manuel Alvarez Bravo

写真技術が進んでいるが、昔の写真の方が、時に「濃厚」に感じる。

Manuel Alvarez Bravo(1902ー2002)
メキシコ人写真家
Optical Parable :1931年撮影のネガからのプリント(1974年)
Manuel Alvarez Bravo.jpg
© Asociación Manuel Álvarez Bravo AC


眼鏡屋の看板と反射図により、歩行者の目の錯覚での遊び。 Alvarez Bravoは、ネガを使用し、視覚の正確さへの疑問を投げかけてもいる。
看板上のお店の名前(La Optica Moderna)は、「モダン 眼鏡屋」であるが、Alvarez Bravoは、この言葉が、「モダンな視点」という意味も含むことに気づき、タイトルのParabola optica(Optical Parabale:視確と姿覚)は、言葉遊びのもじりを利用。見えている形と、その見えているものに私たちが意味を重ねることを示唆。


● 参照
Getty Museum : Explore Art より

● 他、Alvarez Bravo の作品
◯ Moma.org
◯ Getty Museum


Manuel Alvarez Bravo の写真を見ていると、Frida Kahlo(1907ー1954)も同じような光景を目にしていたんだろうなぁ。。と感慨深い。


posted by mandelin-coffee at 02:14| Comment(0) | TrackBack(0) | ART 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月04日

「鳥の目」で見る おりがみ

私の興味、「折り紙と幾何学」について知っているクラスメートから。

Robert Langのジョークととともに是非。
15分中、10分後に三菱車の折り紙を使用したコマーシャルも紹介されている。




三菱のコマーシャルのみを見たい方は
Youtube  ーー>
http://www.youtube.com/watch?v=X507NES2szw


posted by mandelin-coffee at 14:43| Comment(0) | TrackBack(0) | ART 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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