2009年12月23日

エッセイ(vs.感想文)

英語を使う時、画像(下)のようなイメージがいつも浮かぶ。美味しい麺を作るのと、英語のエッセイ作成は似ている。美味しい料理が出来たらウキウキするのに似て、良い文章が書けると楽しくなる。

RhythmicMen.jpg


文系の場合、エッセイの結果が成績に左右。エッセイでは特に、序文で何を論ずるかを明確に示すことが必須。このトレーニングを約2年間行ない、いつも意識するのが「コシ」のある文章を書くこと。そして、初めのリズムがエッセイ全体に影響する、ということ。

英語と日本語の動詞の位置の差を、以前、駆動輪のイメージとともに説明したのだけど、英文は、動詞が主語の後に来るので、的確な動詞を選ぶことで、リズムを創るコツが把握しやすい。文法が「骨」のある文章を作る。

料理でもちょっとした工夫が味に左右するように、英語にも調味料的なフレーズがある。そういうのを知れば知る程、毎回、書くのは挑戦だけど、やりがいがある。来年は、もっと美味しい麺(英論文)を創りたい![英語を学ぶことで、日本語をより意識するようになり、最近は日本語の論文トレーニングも受けてみたいな、と。]


* エッセイは、分析・批評・吟味を主とした文章。カナダでは、学生は、エッセイ(論文)の訓練を中学校、高校から受け、大学で、さらに洗練する。感想文の課題はない。エッセイでは、自分の意見とともに、主題を論じるため、一冊の本の批評論以外は、多くの場合、数冊+専門誌の記事、数十冊から章を読む必要性がある。そして、著作権、個人のアイデアを非常に重要視する。
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2009年08月22日

日本語と懐石料理は似ている

日本語では、漢字(象形文字/表意文字)が名詞として用いられても、動詞の役割を果たします。アルファベットと異なり、訓読みと音読みの差はあっても、一つの文字が主張できるのが漢字。例えば、「きかい」と書いたなら、機会なのか、機械なのか、奇怪なのかわからないけど、漢字を使うと、文の中にいなくても、単語のみで、雰囲気を伝えることが可能です。

他方、英語の単語、一つ一つは、砂糖、小麦粉、塩、バター、卵のような存在です。主語、動詞、目的語を揃えることで、パウンドケーキにも、リンゴパイにも、チーズケーキにも変化します。主語+動詞+目的語の関係が不可欠で、冠詞と前置詞も大事な言語。なので、主語や動詞、目的語、さらに冠詞のどれを省略しても、意味が不明、あるいは、曖昧で嫌がられます。砂糖の入っていないケーキや、塩気のないスープのような文章が好まれない、という状況に似ているかもしれません。
英語は、主語、動詞、目的語があって文に生命が吹き込まれる言語。(新聞や雑誌のタイトルなどの例外はありますが。)

こういうふうに見ると、日本語はまるで、懐石料理や弁当箱のように(器が小さくても)一皿一皿意味があり、英語圏で、懐石料理はなく、一皿に全て隙間なく盛られた料理が多い、という、料理と言語の関連性に興味が湧く。

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2009年05月01日

舌をもっと下に。そして前に。

Boon.jpg

この上図は、英語の朗読からの分析データで、母音の舌の位置を示すグラフ。上がネイティヴ・カナディアン。下が私。私が「北風と太陽」のお話を英語と日本語の両方、各3回読み、発音学を専攻している友人が分析した表の一部。私の舌がいかに休んでいるか、ということ、日本語と英語では、舌の運動量が異なるということが明らかである。特に、私の舌が上の歯の近くに移動していない、ということが表に現れている。【実際に友人が分析した方法は、このウェヴサイトのような内容。】


論文サポート・セッションに通っているので、書く方は論文提出の度に少しずつ良くなっている気がする。残念ながら、話す方は、特に発音は、修正する機会がなかなかない。日本人は5つしか母音がないため、聞き取りと異なる母音の発音が苦手だ、とよく耳にするが、ネイティヴの口の中をのぞくことができないので、なかなかどう直せばいいのか戸惑っていた。

この実験に参加し、自分が考えている以上に舌を動かす必要がある、が、なかなか、思うように舌を動かすことに慣れていない、ということを実感した次第。他にも日本語の朗読では、文と文との間、つまり「。」で、間を空ける癖があったのだが、英語では、ほとんど、間を空けない、つまり、ピリオドを意識せずに読む感じ、ということを知る。


友人から、アイオワ大学のウェブサイトを薦められる。
非常に役立つサイト。


なおすぞぉ。。
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2009年02月17日

ハイスピードカメラ の簡単な作り方

セサミストリートの制作局として日本で知られているPBS(Public Broadcasting Service)というアメリカの公共放送サービスによる、様々な番組の高画質クリップがインターネットで見ることができる。

科学番組 編
使い捨てカメラをちょっと改造し、普通のカメラでハイスピード撮影を可能にする補助装置を作るという、3分クッキングのような番組が面白い。



是非、これを作ってみたいけど、もっと説明が必要な場合のために、より説明を加えたビデオや、PDFファイル(ダウンロード可)も紹介されている。[こちら

他にも様々な愉快な実験や、ためになる科学の進歩がわかりやすく紹介されている。怪我や事故で指の一部を失った人が、人間の再生機能を助ける細胞のおかげで、元通りになった、という番組は、普段見ることの出来ない映像。[こちら


科学番組以外も公開されている。[こちら

ネイチャー番組では、例えば、ドラゴンのような想像上の生き物は、実物の生き物が元になっているだろうが、実際の生き物は本当に素晴らしい!とし、ネイチャー番組なのだけど、歴史上で作られたイメージも紹介され、人間の想像力の仮定も垣間見るよう。他、コスタリカ共和国から483km沖、ココス島の海中映像は美しい。ロブスター達が、ヒトデを攻撃する様子は怖い。台湾人のサメ漁の搾取が、サメの数を減らしている、という嘆きも込められている。
EXPOSE(直訳:暴露)では、ビスフェノールA使用のプラスティック製品が、私達の生活に溢れている。ビスフェノールA使用のプラスティック製品は危険の可能性があるため、危険がないという真実性を疑うため、哺乳瓶などの製品はビスフェノールA不使用のものを買うことが必須、といった約40分ビデオ番組も放映中。21世紀のアート・シーンのページは以前、紹介済だと思うのだけど。。

ラベル:PBS
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2008年12月18日

Google Book Search を使おう

日本で、美術史を通じて英語を独学する方法の例の続き。[他の科目も同じだと思うけど。。]

例えば、 ”Bernini ー Power of Art” を見た後で、もっとベルニーニについて知りたい、と思ったとする。

お薦めは、Google Book Searchを使うこと。
ベルニーニともなると、インターネットで多くの一般的な情報を見つけることは可能だが、ネット・サーフィンで時間を無駄にするよりは、このGoogle Book Searchは便利。中身をある程度読んで、気に入ったら Amazon にて購入可能。
私は、論文を書くとき、自分の借りたい本が貸し出し中で、どうしても中身を読みたい時に、このサイトを使ったり、図書館に行く前に、Google Book Searchで中身をさらっと読む。

全部、本の中身を見ることができることは、それほど多くないが、検索用語を変えることで実はある程度読める。ケンブリッジ大学出版は読めないけれど、独自サイトで、本の内容、目次、あらすじなどを公開している。

ベルニーニの場合、例えば「Bernini Alexander VII」と入力すると、始めの5〜8冊は、どれもお薦めの本が紹介される。

なんて、便利な時代なんだろう!
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2008年12月17日

Bernini ー Power of Art

日本での英語の独学にインターネットは便利。もし、美術が好きであれば尚更。
一つの方法として、YouTubeなどのVideo clip を活用。

もともとBBC作成、GianLorenzo Bernini (1598ー1680)が、YouTubeで見られるので是非。
このビデオでは、素肌の生々しさ、血が流れている人間のような質感、アクション(躍動感、情熱 etc..)、表情(エクスタシー、威厳、恐怖 etc..)などを、大理石や石で作りあげたベルニーニの最盛期、途中の浮き沈み込みで描かれている。
作品だけでなく、人間ドラマ的な内容。作り手の主観的な見方が多少強調されている感はあるけれど、一般向けで、簡潔かつ、多くのことを物語る。





ナレターとプレザンターは真面目な声色で、皮肉もジョークもさらっと流している。

Have fun !
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2008年08月24日

エンジン(動詞)で動く言語

英語を学んでいて、「何か掴んだ!」と、やっと思えたこと。

動詞は文のリズムを創る。一つの文の中に揺らす起点がある文法と、端にある文法では、創られる波が異なる。文を「弦」であると想像すると、その揺れの違いを理解できるだろうか?

例えば、ワルツの強弱弱のリズムで、強が動詞。リズムを誘導するから。

違う例えを使うなら。。。。

動詞は文のエンジンの役目を果たす。
下の図が示すように、日本語は「頭」が重たい。(それがユニーク。)
英語は、動詞が主語を突き動かし、目的語を連れて走る。
ドイツ語は、文章によって(助動詞がある場合)、動詞、つまり、エンジンが2ヶ所にあるから速い。

 → 主語
 → 目的語
 → 述語

verb.jpg


エンジンというより駆動輪と説明した方がわかりやすいかも、しれない。

説得力、雄弁力のある文と動詞の位置は関係がある、と私は思う。
様々な特徴がおのおのの言語にあり、書く人の個性でも変化するため、一言では言えないが、「速い」「的をはずさない」「説得力がある」という点では。

上記の、「動詞=エンジン」は、writing centreの先生の説明。「動詞の選択が、文章全体を左右するため、動詞の選択が大事。文を生き生きとされるのが動詞。」と。英語の論文を書くとき、いつも大事にするのが動詞。文章全体のリズムを作る起点だから。このことを考えるようになってから、文章を書くのが少し楽になった気がする。

とは言え、
英語の論文を書き始めて間もない頃、目的語が曖昧である点を、英語を母国語とする友人たちからよく指摘をされました。というわけで、動詞を選んでも、最後のピリオドまで気を抜くことができないのだけれど。。

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2008年03月22日

Curiosity Killed the Cat

Curiosity ーー> 好奇心
Kill   ーー> 殺す 
Cat   ーー> 猫

全体のことわざの意味は「好奇心もほどほどに。」

好奇心が強い方だと思う。紙に書いてあることも面白いが、実体験で理解したときや、経験と重なった時は、体の中から沸き上がる喜びを感じる。

知らないことがありすぎる自分が時々怖い。見ていても気づかないことが多い。
だから、大学に再入学しているんだとも思う。
私の知らない扉を、開け放つ教授がいる。その新鮮な空気。
ある意味、爽快である。

でも、知りたいことが次々でてくるたびに、このことわざ(Curiosity Killed the Cat)を思い出す。猫顔だしね。飽きっぽくはないんだけど。注意散漫?!

時々、なぜ、こんなに質問が浮かぶんだろう、知りたいことが増えるんだろう、と自分の子供時代を振り返る。多分、父のpun(言葉遊び、駄洒落)の影響ではないかと。。例えば、「回答する」の意味を聞いたら、冗談で「解凍する」の意味を教えられ、子供心に変だと気づき、母に「本当?本当?」って聞きに行き、家事中の母の周りにまとわりついた。あまりにその頻度が多いため、母から国語辞書を渡されたのが、5歳頃。
現在、punが楽しい。

知らないことを知ることは本当に面白いんだけど、知りたいことがありすぎで、時間が足りない。。。
困ったなぁ。。




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2007年01月30日

感じる と。。

以前、英語を感じない、と書いたことがある。
特に英文を読んでいる時、難しい単語が使われている時、理解しているようでも実感しなかった。

それが、昨年のいつか、突然、何かが変わり始めた。

続きを読む
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2006年05月24日

湧き水のような英語

間近の英語の試験のため、時々、カナダ人のFlatmateにエッセイの英語チェックをお願いする。彼女の手直しされた英語を読むと、澄んだ喉ごしののいい水を飲んでいるような気がする。すぅーっと体を通過する。
対照的に、私の英語は、雨水(雪)みたいだと思っている。


Fantastic! Amazing! Very good! と外国人の英語を NATIVEは褒める。これを真に受けてはいけない。誉め上手。おだて上手。
私の基準では、Faburous!と言われても、今日はいつもよりいいんだろうなぁ。。と思うだけ。

ちなみに、私は「やってられない!」と思うときにも、Fantastic!とつぶやく。

通常の会話で、It's OK.は 「別に いいんじゃない。」や「ま、いいけど。(本当はあまり好ましくはないけど。。)」的な状況で使用されることが多いから、訳や評価のボリュームの強弱を頭の中で調節する。。。

ともあれ、最近、英語の方が表現するのに楽なことがある。特に、メッセンジャーでの会話の時。たくさんエッセイを書いたおかげで、英語も早くタイプできるようになり、これで、英語の試験結果も上がれば、万々歳。。。。(が。。)

自分の英語を読んだときに、体の中を澄んだ水が流れる感覚が来る日を目指してがんばろう、っと。
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2006年03月30日

エッセイ受難の日々

英語での 聞く 話す 読む 書く が さっぱり助け合わない。
ex.読む力が少しあがったかな、と思っても、話す英語はさっぱり。
英語ができないばっかりに、日々、課題をこなすのに『産みの苦しみ』のような気分。時々『吐き気』も 感じる。本当に産むわけでも吐くわけでもない。

どっちも出せば すっきり開放されて、その苦労や苦痛はすぐ忘れる。そして繰り返す。。。そのうち強くなる。みたいな感じ。


評価はAプラスからFまであって、6部門(批評〜英語の文法など)に分かれてポイントがつき、総合評価が成績に影響する。
文章構造、批評、リサーチは評価されているのに、「英語がきちんと使えていないので、高い成績をあげられないの。」と言われたのに非常に落ち込む。Cは嬉しくない。せめてBを取りたい。
4年生と一緒に授業を受け、大学院のOFFERを持っていても英語が使いこなせなければ羽のない鳥。言葉を理想通りに使いこなせる日は、いつくるのだろう。。Native並にはなれない、と20年も英国に住んでいる日本人に言われた!??

がんばろ!
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2005年12月11日

理想通りの英語には。。。

彼氏、彼女が外人だと英語が喋られるようになる(*)、って昔から言われているが、日常会話の最低限の用を足せるかどうか、ということで、本当に喋られるようになるには、別の方法が必要。Pillow Talkは 大学用の英語と ほど遠い。残念ながら、英国で、理想的な英語を話す日本人にお会いしたことが、な い。溢れるほど日本人は住んでいるのに。。

(*)日本では彼氏、彼女と家で毎回難しい会話する? 家ではくつろぎたいもの。お互い理解しようとするから、ニュアンスで通じ合える。くつろいで話しているので、英語を話している気がしない。時々、説明や感じたことの表現をスムーズにできないこともあるけど、不思議なことに日本語を喋っている感じがする。相手も多少日本語覚えるし。
美術史は宗教と非常に関係が深く、宗教や政治の話題も出るけど、だからといって彼氏と話しているだけでは、英語が伸びるわけではないように思う。

彼氏がNativeでも、日本人の女性の英語が思ったより伸びない?という疑問を カナダ人と話してみた。日本人の男性とNativeの彼女の組み合わせの方が 英語は伸びるであろう。。。と。なぜだか、わかる? (^−^) 

GLASGOWに来て、まず四苦八苦したのは外国の地名や名前が聞き取れないこと。(美術史ではフランス人、イタリア地名がぞくぞく登場)私の発音も悪く、何度も聞きなおしされ、挙句の果てにスペルを伝える。段段、引っ込み思案になる。Assisi(日本ではアッシジ)は、(ァ)シィシィと発音。「今、なんて言ったの?」って つっかえているうちに、先生の話はどんどん先行し、気づいたら???ということも ざら。先生の講義がSicilyに行ったり、突然Pisaに行ったと思ったら、Assisiに戻っていると文脈で判断できないことも多い。
フラットに戻っても、誰も、小難しい宗教がらみの美術の話には長くはのらない。

というわけで、英語の上達は枝分かれする。
ある分野は話せても、違う分野になると突然たどたどしくなる。
どうも、今までは日本語を話すNON-JAPANESEに会い、彼らと流暢にコミュニケーションが出来ると、かなりの率でその人達が日本語を話せると感じる人が多いと思うけど、実はそうでもない。(と思う)

つくづく、聞き取り、会話、読み取り、論文への英語のアプローチが同時進行しないと思う。

この経験を通して、引っ込み思案の子供の気持ちがよーっくわかった。自分の考えていることがうまく言えないと段段つらくなって喋るのを控える子供への接し方も勉強した。

いつになったら、英語を理想通り話せるんだか。。。
posted by mandelin-coffee at 01:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 英語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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